ルイアゲハ -涙を食べる蝶- その4
表彰式
「おめでとう!」
バーコードのハゲ頭に半そでのワイシャツの校長先生が、小学校の体育館の壇上で、大きな声で僕に向かって、賞状を差し出した。
「ありがとうございます!」
僕は両手でうやうやしく賞状を受け取り、深々とおじぎする。
なにを隠そうこの僕は、小学生生活6年目にして、新種の蝶を発見したことで表彰されたのだ。幼いころから昆虫が好きだった僕は、自分の発見した蝶が新種と認められて、うれしくてたまらなかった。
僕は顔がにやけそうになるのを必死にがまんしながら、演台の脇によけ体育館を見渡した。整列した同級生や下級生がパチパチと拍手をしてくれる。
その中には、今年1年生になったばかりの妹もいて、「お兄ちゃんおめでとう!」と言いながら大げさに拍手をしていて、兄としてはうれしいやら恥ずかしいやらだった。
体育館の壁際には、いつもはおこってばかりでも今日は笑顔の担任の先生、蝶が本当に新種かどうか調査をしてくれた大学の先生、地元の新聞記者さんや大きなカメラをかまえたカメラマン、そして誇らしげに僕を見ているお母さんがいた。
お母さんはグリーンの屋根の虫かごをもっており、その中には僕が見つけた白い蝶が入っていた。
不思議な蝶だった。
僕はその蝶を、5年生の夏休みに近所の森で見つけた。よく蛇が出るとうわさの森で、先生やお母さんからは近づいちゃいけないよ、と言われていた。でも、ひょっとしたら珍しい虫がいるかもしれないとこっそり入ったら、きれいな泉のほとりでその蝶を見つけたのだ。
図鑑にものっていなかったので、虫の研究をしている大学に相談しに行ったら、大学の職員さんたちも知らなかった。そこから大学のエライ先生が研究をしてくれたり、論文を書いてくれたりして、やっと新種と認められたのだった。
それで何が不思議かというと、花の蜜や餌をまったく食べないのだ。花に止まっても蜜を吸う様子はなく、虫かごに砂糖水や薄めた蜂蜜を入れてもさっぱり食べなかった。
虫の中には、何も食べずにじっと動かないで何年も生きるものもいるから、この蝶もそんなものなのかもしれない、と大学のエライ先生は言っていた。
お母さんが新聞記者さんにインタビューを受けている。よっぽどうれしかったのか、しきりにハンカチで涙をふいているのが見えて、僕には少し恥ずかしかった。
その時だった。
「あ! 食べた!」
体育館に大声が響き渡った。叫んだのは大学のエライ先生だった。お母さんの持っている虫かごをのぞきこんでいる。
僕はびっくりして、急いで体育館のステージを下り、お母さんのもとへと駆け寄ると虫かごをのぞきこんだ。お母さんも、大学の先生も、新聞記者さんも、担任の先生も、近くにいた一年生も列をはずれて、びっくりして虫かごをのぞきこんでいた。
「餌を食べたんですか? 砂糖水? それとも蜂蜜?」
僕が大学の先生に聞くと、意外な答えが返ってきた。
「いや、君のお母さんの涙を食べたんだ」
「涙を?」
虫かごのグリーンの屋根には、空気を入れるための細長いすきまが開いていて、そこからこぼれたお母さんの涙を蝶が食べたのだと言う。
すると不思議なことが起こった。
蝶の羽が、オレンジ色に変わったのだ。
みんなびっくりして、あんぐり口をあけて、しまいに声も出なくなっていた。
「涙を食べて、羽の色が変わるなんて…」
オレンジ色の羽をひらひらと動かしている蝶を、僕もふくめて周りの人はいつまでも不思議そうに眺めていた。
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