【短編小説】恭子の話③
前回の話
父は視線を母に移してこう言った。
「仕事ができないから、お前を養うことはできない。この家を出て男を作れ」
アルコール依存症の父は仕事を失った。つまり稼ぎがなくなったから、妻子を養えなくなった。ここまでは中学生の恭子でもわかった。しかしそのあとはなんだ。この家を出て男を作れ?意味がわからない。
母は一瞬たじろいたが、やがて頷いた。
「わかった。そうする」
わかるんじゃない!てか、わかるの?
恭子は声にならない悲鳴をあげたようだった。姉の陽子が大声を出して言った。
「何言ってんの?ふざけないでよ!お金がないとか、自分のせいじゃん!出てくんだったら父ちゃんじゃないの?なんで母ちゃんが出ていくのよ!」
全くそのとおりだ。妹の瑠美は泣き出した。
「いいのいいの。お母さんが出ていって、新しいお父さんを見つけてお金ができたら大丈夫だから」
恭子は母が何を言っているのがさっぱりわからなかった。姉はまだ怒鳴っている。父はもう決めたことだから、と冷蔵庫の中からビールを取り出して一気に飲み干し、そのままどこかへ行ってしまい、朝方まで帰ってこなかった。
恭子は眠れなかった。妹は泣き疲れて、姉は怒り疲れて寝てしまった。しかし恭子は眠れなかった。居間に行くと母は静かに寝ていた。
一体どういう神経をしているのか。恭子は母の寝顔を見ながら不安しかなかった。
父の言い付けどおり母は出ていった。しかもスナックの客のところへ行ったというような話を父から聞かされた。こんなことになったときに備えて、スナックの客の中で母の夫にふさわしい男を選んでいたという。バカじゃないか、このおっさんは。”こんなとき”を作った張本人だろうが。その男性と生活の基盤ができて、娘たちと暮らせるようになったら、呼び寄せるというのだ。
父は「そのときは俺とお別れだ」と言った。
そりゃそうだろう。どんな関係だというのだ、三姉妹と母と義父と父?
頭が混乱する恭子だった。
しかし混乱をしていても毎日生活をするにはお金がかかる、本当にお金がないらしい恭子たちはこれからどうやって暮らしていくのか、考えなくてはならなかった。
最初に行動に出たのは父だった。
職安(ハローワーク)に行って仕事を探そうとしたのだ。そうそう、その調子だ!と思ったが、あっさりと通うのをやめてしまった。酒を飲むことをやめない父は、本人はシラフのつもりでも周りからはそう見えない。呂律が回っていないようには見えない、と思うのは身内の慣れであって、他人から見るとただの酔っ払いのようだった。職安の建物に入ることを止められてしまい、父は職安に行かなくなってしまった。
喫茶店とスナックはとっくに廃業していたようだが、父はどこからともなく酒を入手し毎日飲んでいた。あの酒は一体どこからやってきたものなのか、いまだにわからない。
結局恭子の姉が、入学したばかりの高校をやめて働くことになった。中学生の恭子や小学生の瑠美は働くことができないが、貧乏な家庭にはある程度の免除があったようだし小学校と中学校は義務教育のため、なんとか通うことはできた。もちろん恭子には詳しいことはわからなかったし、知ろうとすることも怖くてできなかったが、学校生活自体は今までと変わることがなかった。
姉はアルバイトを掛け持ちしならも、定時制の高校へ通うことができるようになった。中学の先生に相談をしたらしい。恭子は金銭的なことはわからなかったが、本当によかったと思った。
が、喜びも束の間、姉のアルバイトだけでは生活が立ち行かなくなってしまった。そう、公共料金の支払いが滞り始めたのだ。
恭子は最後に止まるのは水道だということを、15歳で知った。
つづく
*この物語はフィクションのようなフィクションじゃないような微妙なラインの物語ですが、登場する人物や団体、その他の呼称は、実在するソレとは一切関係がありません。