アサヒビールCMは、マーケティングの限界を示したのか?
この記事を読んであなたが得られるかも知れない利益:昨日のLGBTQマーケティング論で、アンホイザー・ブッシュ社のCM失敗を取り上げたが、それにならうと例のラグビーW杯でのアサヒビールのCMも同じ構図、という話。時代が変わってマーケティングの限界が見えてきた。トップ画はhttps://qr1.jp/JlP5GK
マーケティングの限界
マーケティングの限界とは何か、それは企業が利益を追求する生き物である、という現実です。
マーケティングの定義は単なる販売から、消費者満足へ、そして信頼へと変わってきました。
しかし、それはあくまで耳ざわりのいい、世間に対しての取り繕いに過ぎず、カネという本音をあからさまにするのをはばかっているだけに過ぎません。
経営学で最初に学ぶことは、企業はゴーイング・コンサーン(going concern永続する組織体)ということです。
利益を上げ続け、潰してはならない、という教えであり、これが企業の本質でもあります。
生き続けるための、具体的な方法論がマーケティングなのです。
マーケティングは、どんなに言い繕っても、利益最大化の装置なのであって、今流行りの倫理だとか、社会貢献だとか、インクルージョンだとか、ダイバーシティだとかは、世間の流行に合わせたポーズでしかありません。
LGBTQに関しても同じです、まずは企業はそっちの方を向きます。
しかし、この概念が倫理や社会貢献と違うのは、個人のアイデンティティなどということを超えた、まさに個人の尊厳に触れる問題だということです。
LGBTQの方々が悩んできた風雪の重さ、もあります。
この問題は人類発祥から存在した問題でもあり、やっとここに来て一部彼ら彼女らの人権が守られるようになってきた、ということに過ぎません。
個人の存在証明に関わること、でもあります。
しかし、同時にこの問題の背後には、気の遠くなる社会的な差別、迫害を受けてきた人々の苦難の歴史があります。
そして彼ら彼女らは、勇気を振り絞りカミングアウトを断行し、声を上げ、理不尽なヘイトと聖戦を戦っているのです。
これを理解せずに、企業がLGBTQに関わると、大火傷をします。
とりわけ、「LGBTQは宝の山だから、これを見逃す手はない」とばかり、このムーブメントにすり寄ろうとすると、取り返しのつかないことになりかねません。
個人の尊厳を掲げ社会と戦っているLGBTQの人たちの真剣さは、企業のそうした魂胆を簡単に見抜くのです。
昨日報じたバドライトのCMで炎上したアンホイザー・ブッシュは、従来のマーケティングとしては100点でした。
しかし、LGBTQ時代のマーケティングとしては、零点です。
時代を読むことが、マーケティングの大前提ですが、読みきれてなかったからです。
数字に現れるトレンドは、AIが読んでくれました。しかし、少数派の悩み苦しみには、全く思いが至らなかったのです。
LGBTQ問題の複雑さを読むには、数字の積み重ねなどではない、別の知性が必要なのです。
今回アンホイザー・ブッシュ社の失敗は、単にアンチから攻撃を受けたとことにとどまりません。
むしろ、問題はCM主演のディラン・マルヴァニー(Dylan Mulvaney)を怒らせたことにあります。
すべてカネだけで、現代のマーケティングに要求される新しい知性=弱者に寄り添う心と理解、がまったくないことが原因です。
LGBTQ時代のマーケティングとは何か
LGBTQ時代のマーケティングのポイントを一言で言うと、「利益を捨てることのできる知性」です。
これまでのマーケティング知性って、単に論理だけなんですよ。
論理、言い換えれば合理性であり、その歴史はデータドリブン、アルゴリズムから、AIを駆使するスタイルに進化してきました。
しかし、合理性を洗練すればするほど、カネを生むことで、現代のマーケティングは「顧客に寄り添う」という、マーケティングの本質を失ってしまったのです。
いや、もともと「顧客に寄り添う」なんて考えすらなかったのです。
SNSとインフルエンサーという怪物
フランスで行われたW杯ラグビー中継で流された、アサヒビールCMが物議を醸しています。
日本が負けた場合のCMを作った手際のよさが、ラグビーファンの不興を買ったのです。
これも、やっと世界の表舞台に出ることができたというラグビーファンの心情に寄り添うことができなかった、大企業の失敗というとらえかたもできるでしょう。
皆さんは、「そんな企業の勘違いはあるあるだよ、次回から反省すりゃいいよ」、とおっしゃるでしょう。
しかし、今回のアンホイザー・ブッシュ、アサヒビールの失敗は、タチが悪いのです。
それは、SNSとインフルエンサーという現代に生まれた怪物のせいです。
今回、アンホイザー・ブッシュ社は、ディラン・マルヴァニー(Dylan Mulvaney)というインフルエンサーのご機嫌を損ねたことが大失態でした。
なにせTikTok 再生1億回の影響力です。
彼女が「アンホイザー・ブッシュきらい!」などと、一言書き込めば世界中のファンは反応するでしょう。不買運動が、即世界で始まります。
SNSは国境を超えることも、厄介です。
アサヒビールは、こんかい日本のラグビーに関することだったから、広がりませんでしたが、これがグローバルな文脈を持っていたら、ダメージは世界に広がります。
BusinessWeek2023年10月9日号P60 The Business Case for Being Pro-LGBTQ(
親LGBTQであることの意味)は、LGBTQに対しての共感力はZ世代(Gen Z)が群を抜いているとの調査報告がありました。
新しいマーケティングをになうのは、この世代かもしれません。
あなたの会社のマーケティング部門には、Gen Zの新入社員を数名入れたらいかがでしょうか。
野呂 一郎
清和大学教授