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映像&パワーポイントの授業はオワコンか?

この記事を読んで、高校生のあなたが得られるかもしれない利益:大学の授業はどうあるべきか、反面教師から考える。パワーポイントはオワコンか。経営学と差別化、を考える。

「邪道」しかできない大学のセンセイ

どうも僕は、大学のセンセイには向いてないようだ。

なぜならば、フツーの授業ができないからだ。

教科書読んで、学生に読ませて、板書して説明する、これができない。

なぜか、教壇に立った途端に、こうした普通のことができなくなってしまうのだ。

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「ウケなくてはならない」という、強迫観念がひどいからだ。

学生にウケないことが、この上なく怖かった。

最初の授業から、そうだった。千葉商科大学での。

教科書読んで、説明して、板書して、なんて面白くないに決まっている。

でも、学生たちにそっぽを向かれるのが嫌だった、注目してもらえないのが苦痛だった、スマホでラインやられるのが怖かった(当時はラインなんかなかったけど)。

それは見栄っ張りのせいである。

自分が言ったことや考えていることを、受け取ってもらえない、どころか無視される、そんなことは考えても恐ろしいことだった。

虚栄心のカタマリの僕には、考えるだけでおぞましいことだ。

そんな風だから、自分を本能的に目立たせよう、優秀に見せよう、何より他と違った存在であることを見せつけよう、そういう本能が働いた。

教壇に立つとそういうスイッチが入るのか、やられる前にやれとでもいうのか、経営学の歴史を教えるはずの授業がいつの間にか、プロレスの映像があふれかえる異空間になってしまった(苦笑)。

25年前、千葉商科大学にて(笑)

誰も授業で絵や映像を映して授業をしなかったころだから、僕の講義はインパクトがあった。

パワーポイントはまだなかったが、映像教材は作ることができた。

僕は学生にウケるのに力を得て、映像づくりに熱中した。

アナログ機器しかない時代だったが、それなりの映像教材ができた。

VHSと8mmをコンバートできるソニーのデッキがあって、映像を細かく切り貼りして、テキストも入れることもできた。

つまらない授業を少しでも面白くする、僕を動かしていたのはただ、その情熱だった。

いや、何かまた知らないうちに虚栄心、カッコつけているな、要するにウケたいだけだったんだよ。

映像中心の授業はオワコンかな

しかし、今はどうだろう、パワーポイントでどんな絵でもグラフでも入れられる。

WiFiが接続してあれば、教室のスクリーンには映像だって自由自在に映すことができる。

だから、誰でもある程度のビィジュアルに訴える講義ができるし、ある意味それがデフォルトの世の中になってしまったのだ。

お客さんたち(学生の皆さん)は、スマホの発達で、常に映像を見慣れてしまっている。

教室のスクリーンには、そっぽを向いて眼の前のスマホの画面に夢中だ。

https://qr.quel.jp/pv.php?b=43KkcdN

そうだ、どんな絵やグラフや映像を駆使したって、スマホのエンタテイメント性にはかなうわけないのだ。

かくして、僕の見栄っ張りも限界を迎え、テクノロジーに白旗を上げる日が来たのだ。

学生たちにウケていたあの日々は、昔話になりつつある。

アナログ回帰こそが正しい授業かも

今、僕は昔ながらの板書主体の授業をしている。

もちろん、見栄っ張りの僕だから、学生の反応は気になる。

ときどきちらりと学生の方を向くと、あらびっくり、みんなけっこう、黒板の方を向いて僕の講義を聞いているではないか。

なんだ、じゃあ、板書でくどくど説明する方がよかったんじゃないか。

すると、映像やパワーポイントを駆使した授業ってのは何だったんだ。

あれは、思い込みっていうやつだったのか。

新しい表現技術を使えば振り向いてくれる、映像を使えば注目がもらえると思った。それは浅はかだったのだな。

問題は、お前が注目をもらいたい、ある種の承認欲求のカタマリになっていたことだったんだ。

素直に学生にとって、一番大事な情報を提供し、価値ある分析を届ければよかったんだ。

面白くしてウケよう、そんなよこしまな気持ちが、かえって学生の利益を損ねていたことに気がついた。

今日、小川君という学生が、教壇から元気なく降りてくる僕に何かを感じたのだろう、こんな声をかけてきた。

「先生、今日も面白かったですよ」。

僕は思わず、「嘘つけ」と言いたい言葉を飲み込んで、「そう?ありがとう」と答えた。

今日の講義は板書だけだったはず、だぞ。

経営学には向いてるかも。

冒頭、僕は大学の教師には向いてない、と書いた。

そのとおりだ。

しかし、今考えたんだけれど(笑)、経営学の教師には向いているかもしれない。

なぜならば、経営学って何を勉強するジャンルかっていうと、「差別化」なんだよ。

つまり「人と違うことを考え、やる実践学」だ。

「あれ、じゃあ、オレって、人と違うことをしなくてはならないっていう意識には、人一倍駆られてるんじゃね?」って思ったんだ。

その気持が、こんな本になったのは偶然じゃないかも。

20年前の本です。アマゾンで98円で買えるよ(なさけな)

都合のいいオチをつけんなよ!

今日も読んでくれてありがとう。

じゃあ、またあした、ね。

野呂 一郎

清和大学教授



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