タリバン、アフガン制圧できた本当の理由
この記事を読んであなたが得られるかも知れない利益:宗教団体がなぜ政権を取れたかに関する考察、宗教と社会、独裁政権vsタリバン政権比較、いかにして現代において小が大に勝てるかのヒント。
世界中がタリバンに混乱している
あなたも私も、いや世界中の人が、今混乱していると思うんです。そう、タリバンのことです。
タリバンって、ビン・ラディンを匿ったテロリスト集団だろ、アメリカが20年前に退治したんじゃなかったのかよ。というのが強く日本人に残っているイメージです。
それが、今回一件、クーデターだか、平和的だかわからないけれど、アフガニスタンの政権を倒し、新政権を奪ってしまった。
でもみんな鉄砲を構え市民を脅している。ほら見たことか、女性敵視、圧迫が始まったよ。
今日は敵対軍のイスラム国が自爆テロ。しかしそれでもタリバンは、市民には安全だから国外退避するな、安全は保証するなどと言っている。
それでも、米軍に協力したアフガン人はタリバンに殺されると言って、家族で脱出しようと必死です。街では日用品が値上げされ、庶民の生活が圧迫されています。
しかし、あなたは少し彼らにシンパシーを感じています。
そんなに暴力的じゃないみたいだ、女性の権利を認めるとは言っているし、自分たちは変わったと言っているじゃないか。
考えてみれば、タリバンはアメリカとトランプの時に和平交渉しているんだろう。イスラム国みたいなテロリストとは違うだろう。
考えてみれば、北朝鮮の完全独裁国よりいいんじゃないか、プーチンよりも、国の悪口いったら牢屋に入れられる中国よりも・・。
政治宗教経済学とはなんだ
そうあなたが感じるのは、タリバンがイスラム教の教えに基づく宗教団体である、ということが理由なのではないでしょうか。
西欧のインタビューアーがタリバン報道官に「女性の権利は守るのか」と聞かれて「イスラムの教えに基づく範囲で」と答えたことは象徴的です。
さて、この我々のもやもやに答えを出してくれる”学問“があります。
それは1980年代の終わりに提示された”奇抜“な新しい学問、
「政治宗教経済学political economy of religion」です。これは社会学者と経済学者そして政治学者が共同で開発した理論体系です。
The Wall Street Journal2021年8月26日号は社説でEconomists explain the Taliban(エコノミストがタリバンを解説)と題した社説を掲載しています。
重要部分と思われるところをピックアップしてみましょう。
なぜ、タリバンが政権奪取できたのか
なぜ、アメリカ、ロシア、イギリスで守られたアフガン軍を、少数勢力タリバンが攻略することができたのか。西欧社会は驚いている。
今年の7月バイデン大統領は、「タリバンを信じるのか」と質問され、「何言ってる。アフガン軍隊のほうがよりよく鍛えられ、よりよく装備され、トレーニングされて、戦争遂行能力はずっと上だ」と言っていたが覆された。
理由1:厳しい宗教規範
・厳しい宗教的規範を伴った行動様式を持ったグループは、特に集団行動を組織化することに長けている
・アメリカでいうと、モルモン教、エホバの証人、正統派ユダヤ教がそれだ
・これらの宗教団体は厳しい行動規範を持っており、それを強く信じている信者に支えられている
理由2:アメとムチ
・宗教団体の結束、協力を強化するのは、非難される行動を明示することである。タリバンならアルコールの禁止、目立つ服を着ることがそれに当たる。
・非難される行動をはっきりさせることで、グループメンバーが外部と交わることを制限し、より宗教団体との緊密さを高める
・宗教団体は所属すること自体にメリットがあることも、結束、協力を強化する。例えば生活の保証や仲間同士の絆や友情である
・宗教団体が活性化するのは、組織メンバーが喜んでアクティブな貢献を組織に捧げるときである
・宗教団体の士気が衰えるのは、自己犠牲をせず、組織に所属するメリットだけを欲しがるフリーライダー(タダ乗り)が多いときである
理由3:忠誠心
・反政府宗教団体を運営するには、高いレベルの忠誠心が必要。誰かが捕虜になったり、離脱したら、団体は弱体化する
・厳しい食事の戒律を守る、日に数回の祈りを捧げる、聖典を勉強する。その他の行動は一切しないというライフスタイルが、よき協力者を創る
・宗教団体はメンバーに忠誠心を証明させることを強いる。それも目に見える形で、犠牲的な行為をもって。例えば神聖なテキストを暗唱する、2年間がかりのミッションに参加するなど。
・しごき、いじめに見える儀式をやることで、他のグループに畏怖を感じさせることも意図的にやることがある
・宗教団体のリーダーはわかりやすい。もっとも団体に忠誠を示し、協力的な人物であり、絶対に教えや団体を裏切らないような人物である。
・メンバーは宗教団体を裏切れない。なぜならば、宗教団体の言うとおりにする以外の社会的行動オプションがないからだ
・タリバンとは厳しい宗教的なムーブメントであり、その中ではリーダーとメンバーが厳しい行動規範を共有し、自分たちの忠誠心を証明しあう。西欧の特に宗教的ではない団体には、このアドバンテージが欠けている。
タリバンを受け入れている市民
タリバンがアフガン軍を制圧し、首都に入った時に地域の住民がほとんど抵抗をしなかったのは驚きに値しない。なぜならばアフガン国民は、20年間独裁、専横の泥棒政治家が跋扈する状態に耐えてきた。それよりは、イスラム法に則った厳しくも予測可能な統治のほうがましだと人々が感じたからだ。
最後にこの記事の著者はこう言います。
もちろんそれは、市民の自由が大幅に認められた、クラシックな自由主義の政府のほうが、タリバンよりずっといいだろう。しかし、タリバン政権はまだ規律ある、なんとか人々が我慢してやっていけるくらいの信頼に値する政権である。どっかの腐った政権よりはマシではないのか。
この意見は傾聴に値すると、僕は考えます。
野呂の意見:政治宗教経済学の時代だ。政府も早くタリバン研究をしろ
宗教と政治と軍隊が交差する一つの結果を僕らは目の当たりにしたと思います。でも、そのメカニズムが今回よくわかった気がするのです。
イスラム教の解釈のしかたで、いろんな派があると聞いています。タリバンは厳格に解釈するグループのようです。
宗教団体が宗教をその絶対ベースとして、政治を行う時、その宗教の信者は基本的にそれを受け入れるでしょう。しかし、そのやり方が、今の世界のルールであるwoke(社会正義を重要視する考え方)に基づかないと、そこに大きな齟齬が生まれることになります。まさに今のタリバンの直面している問題でしょう。
宗教団体だからこそ、そして、この記事に出てきた様々な要素が、宗教集団タリバンの強さであり、ついには政権奪取に結びついたことが分かりました。
この記事の著者の言うとおりに、世界は第ニのタリバンに怯えないといけないと思うんです。著者は世界中にいるかも知れない第二のタリバンをまず理解しろ、と言っています。
この連載の一つの方向性は、いかに小が大に勝つことなのですが、今日の記事にそのヒントがいくつか入っていますね。またこれは論じたいと思います。
長くなりました。今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
また明日お目にかかりましょう。
野呂 一郎