プロレス&マーケティング第90戦 ミル・マスカラスに学ぶ「虚像」の価値。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:若い世代のプロレスファンである、しおりさんからの提言「秘密のベールに包まれたレスラーがいない」問題について考える。このことでプロレスマーケティングは損をしているのではないか。
しおりさんの鋭い眼
小林邦昭の件で、「逸話がないプロレスラー」の話をしたら、34歳しおりさん↓から、こんなコメントをいただきました。
マーケティングとは、製品やサービスそして人物に独自の価値をつけることです。
その意味でプロレスラーは、独自の価値を身につけることが重要な課題となってきます。
その努力はブランディングと言っても、アイデンティティの確立と言ってもいいでしょう。
神秘性がない今のレスラー
しおりさんは、こんなこともおっしゃっています。
まさに我が意を得たり、です。
SNSなんかなかった時代、レスラーの情報発信はプロレスマスコミが行っていました。
まず、東スポが「悪魔仮面、ロスでドロップキック21連発!」などのセンセーショナルな見出しで、リング狭しと躍動するミル・マスカラスを一面でプッシュするわけです。
当時のプロレスファンは、「悪魔仮面?ドロップキック21連発?すげぇ、見てぇ!」となるわけです。
しかし、今のファンならばすぐ検索で、マスカラスの素性を調べてしまいます。
マスカラスも、インスタやブログをやってたりするのです。
考えてみれば、マスカラスの人気って、「タメがあったから」、つまり情報がほとんどない時期が続いたから、爆発したんですよね。
東スポだけの情報しかなく、だからこそファンは知りたがったし、来日をひたすら祈ったのです。
東スポの紹介から3年経って、日本プロレスがマスカラスを招聘、来日第一戦の星野勘太郎戦で、マスカラスは大ブレイクするのです。
東スポのマスカラス情報は、非常に少なく「1000の顔を持つ男、試合のたびに覆面を変え、華麗な空中殺法は他に使い手がいない」くらいのものでした。
今から考えると、東スポは、ゴングはことさらミル・マスカラスの情報を自主規制し、「神秘性」を高め、その価値を上げようとしていたのです。
そしてよけいな情報を出さず、マスカラスのイメージをコントロールしました。
それが「悪魔仮面」というなんとも、ミステリアスなキャッチフレーズに表れています。
その後、マスカラスは日本マット界史上最高の人気者になり、「仮面貴族」という新たな、より彼のリアルに近づいた代名詞をつけられることになります。
マスコミが創った虚像の価値
プロレスマスコミは、情報操作をしていたのです。
それは、まず、代名詞をこさえることに始まりました。
「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノ、「黒い魔神」ボボ・ブラジル「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリック、「鉄人」ルー・テーズといった具合でした。
プロレスマスコミは、彼らの凄さをひたすら伝えましたが、ニックネームのイメージから外れるような報道は一切しませんでした。
それ故、彼らのアイデンティティ(独自の個性)は保たれたのです。
レスラーも、マスコミが創った「虚像」を演じることで、ますますその価値を上げていきました。
神秘性を守れ
しおりさんの指摘は、もっともです。
もう、マスコミがイメージを創ってくれる時代は終わりました。
ほとんどのレスラーは、SNSで情報発信をします。
しかしやはり、しおりさんの言うように「なんでも情報公開すればいいってものじゃない。ファンが想像する余地を残せ」は、重要極まる教えではないでしょうか。
例えば、最近お話している、故・虎ハンター小林邦昭が、「いやー、今日ファンからカミソリが届いちゃってさあ、手を切って大怪我しちまったよ」なんてブログをアップしたらどうでしょう。
興ざめですよね。
そももそも、おしゃべりな虎ハンターなんて、ありえません。
今だって、そのレスラーのキャラクター次第ですが、SNSで自身を発信しないほうがいい場合だってあるのです。
SNSはレスラーの神秘性をなくす可能性がある、このことをプロレスラーは、誰もが発信できる時代だからこそ、肝に銘じる必要があるのではないでしょうか。
野呂 一郎
清和大学教授