神様のおかげのような気もするよ 悪い予感のかけらもないさ。 毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一
パトカーをやたらと見かける日だった。
邪魔くさいものである。
運転しながら携帯電話で話している時にかぎって、
パトカーが近くに走っている。
対向車線にいたり、気がつけばとなりの車線にいたりする。
私はいままでパトカーが走っていて助かったという事が一度もない。
あいつらはいったい、何のために道路を走っているのか。
その名のとおりパトロールのつもりだろうか。
何度も云って申し訳ないが、邪魔でしょうがない。
リズムよく流れている交通の秩序に水を差す。
ほかのドライバーが、いらん緊張を強いられているのが手に取るようにわかる。
そういうのって伝わるのだ。
同病相哀れむ、みたいな感じで。
その割に乱暴な運転、あるいはマナーの悪い車が走行している時にかぎってパトカーはいないのだ。
もうパトカーは道路を走らないで欲しい。
もういいよ。
無駄にガソリン使うなって。
燃料も高くなっているし。
税金や違反金でこしらえた御立派な署の、車庫の中で日がな一日くるまを磨いてたらいい。
あるいは町内のお祭りのときに見せびらかせに来て、子どもたちの人気をかっさらっていけばいい。
先日そんなお祭りに行ってきた。
着ぐるみのキャラクターがいた。
可愛かった。
ピカピカのパトカーの廻りは、ちびっこ達が行列になっていた。
こども用の小さな警察のユニフォームと帽子が用意され、順番に着用し、母親達はスマートフォンを構えていた。
今年は暑い夏だ。
少し離れた場所で小さな男の子がひとりでいた。赤いシャツを着ている。
ひとりぼっち。
少し遠い場所にいて、それらの風景をだまって眺めている。
警察のキャラクタのぬいぐるみと記念撮影にこうじるちびっこ。
パトカーの内部を見学する親子。
こども用の制服を着させてもらっている児童らを、彼はひとり、離れたところでだまって眺めている。
私は祭りの帰り際、歩道からその風景を遠く目にした。偶然ではあるが。
すると集団の中から警官がひとり、その少年のほうに向かって歩いてきた。
若い警官に見える。
シュッとしている。
ゆっくりと、警官は赤いシャツの男の子に近づいていき、やがて話が出来るところまで来た。
若い警官は男の子に何か話しかけている。
私がいる場所からはもちろん聞こえない。
どうだい?向こうで一緒にパトカー見ないかい?
お父さんとお母さんは?
…などと云っているのだろうか。
私は警官がそんなことを訊いていない事を、少し、心で祈った。
警官は何かを話して、やがて自分のポケットから何かを出し少年に見せている。何を出したのかはもちろん見えない。
少年が興味深くそいつを見ているのかどうかも、残念ながらわからない。
私のいる場所からは遠すぎて見えないのだ。
やがて私は自分の車のところまで着いて、エンジンをかけて自宅へ帰った。
安全運転で。
1092319