過去を懐かしんでも仕方ないし、明日の行方も見えなくなったから、いま。
■今をあそぼう。
東京メトロで見かけた
ROPE' PICNIC(ロペピクニック)の
キャッチフレーズ。
ひさびさ時代を感じさせる、
広告表現だと思った。
時代を一変させた567を分水嶺に、
かつて自由に会話を謳歌していた過去 を
懐かしんでも、もしかすると永遠に
戻ってこないかもしれない。
あるいは、
いつか自由に会話を謳歌する明日 が来ると
想像してみても、もしかすると永遠に
訪れないかもしれない。
「明日」という言葉を、
誰もが懐疑心をもって口にする時代に、
「明日」は見えないまま、だ。
だから「今」をあそぼう、と。
■こんな「今」だけど
「フェイク」と言えば真実を、
いとも簡単に否定でき、
一国の民主主義の方向性を、
宗教が左右してしまい、
SDGsと言ってた地球社会は、
CO2増産を容易く認め、
何よりも10万単位で死者を、
出す争いを止められない。
こんな危ない「今」だけど、
過去も明日も塞がっているから、
忘れて、
「あそぶ」しかないじゃん。
そんな誰かの退廃的な声が聞こえる。
+
「やりたいことは山盛りだし、行きたい場所はたくさんあるし、会いたい人だって数えきれないし。楽しむことに全力を注いで、今しかない時間、大切にしよう。ロペピクニックと冬あそび。」
➡ROPE' PICNICのコピーはこう続くが、それでもプレゼンで、この閉塞的な
時代について訴えていた、と思う。