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働く国を選ぶ基準。エストニアに「第4の拠点」を置くと決めて気づいたこと

僕は現在、日本、シンガポール、オランダの3カ国で事業展開している。このうちシンガポールが統括拠点となっているのだが、このところ統括機能を「第4の拠点」に分散することを考えている。その候補地は「エストニア」。なぜ、第4の拠点を構えようとしているのか。なぜ、エストニアなのか。今回はそれをお話しようと思う。

シンガポールに疑問を感じ始めた

 日本、シンガポール、オランダの3拠点は以下のように始まった。日本はまず、僕が独立して初めて起業したところ。ほとんどのクライアントがここにいるし、当時は日本に住んでいたこともあり、当然の成り行きで株式会社を立ち上げた。

 2013年に進出したシンガポールは、当時ITベンチャーを中心に日系企業がシンガポールにこぞって進出していたという事情が背景にある。多くのWebメディアには、東南アジアに進出する気概や資金はなかったし、人材もいなかったため、僕がそうした空白を埋める形で東南アジア情報を集める仕事をまかせられた。

 そしてオランダは、アジアでやっている事業を欧州に拡大しようとしたときに、ビザが取得しやすかったということで進出した拠点。ここでは「個人事業主」という形で登録している。

 このうちシンガポールは、3拠点の資産を集めて管理する「統括拠点」となっており、社員も1人雇っている。事業は安定しているのだが、ここにきて「シンガポールとうちの事業は合わないのではないか……?」という疑念が湧きつつある。

 それは、数年に1回行われる、従業員の就労ビザ更新の手続きを通じて高まった疑念だった。

 この手続きではときに会社の事業内容、業績変化、報酬・給与、事業計画などの提出が求められるのだが、どうもすんなりと就労ビザを更新してもらえない。毎回毎回、ビジネス計画や雇用計画など「右肩上がり」を求められるのだ。

 シンガポールでは家賃などのコストがだんだんと高くなっているため、これに合わせて業績や給与水準も向上することを求められる。もっと成長し、もっとローカル人材を雇って、どんどん給料を上げてほしいというような具合に。

 しかし、編集者やライターからなる僕らの事業は労働集約型で、経済が好景気サイクルに入ろうとも、単価が急上昇するようなものでもない。しかも、僕らの仕事は知的好奇心を満たしたり、社会にインパクトを与えたり、個人の幸福度を高めたりすることに主眼が置かれているため、収入をコンスタントに上げる「右肩上がりの成長」はさほど重要なことではない

 クリエイティブな仕事をするうえでは、サービス提供より学習にリソースを注ぐため、収入が横ばい、あるいは多少ヘコむ時期もあるし、それは必要なことでもある。そんな中でガンガン「右肩上がり」を求められると、クリエイティブな仕事に間違いなくネガティブな影響をおよぼす。

 シンガポール政府が収益性の高いビジネスの誘致に力を入れていること、右肩上がりの成長と雇用増で国に貢献させる狙いであることを意識し始めると、「シンガポールはちょっと違うかな……」と感じるようになってしまった。

住まなくても「居住者」になれるエストニア

 「シンガポール離れ」を起こし始めた僕の中で、次の事業拠点として急浮上しているのがエストニアだ。

 ここは世界最先端の電子国家として注目されている国で、行政手続きに加え、医療、学校、ビジネスなどがほぼすべて共通の電子認証(本人確認)と電子署名ツールでデジタル化されており、それが実際の国民生活にあまねく浸透している。

 さらに驚くべきは、エストニアではそこに住んでいない人でも「電子居住者(eレジデンス)」登録ができるという点だ。市民権はもらえないのだが、外国に住んでいる外国人でも、eレジデンス登録を済ませれば、会社登記や税金申告、ビザの取得や更新、銀行口座開設などがネット上ですべてできてしまう。

 僕もさっそく、eレジデンス登録をやってみたところ、それは拍子抜けするぐらい簡単で、ものの30分ほどで手続きは終わってしまった。

 必要とされるのは、パスポート情報と6カ月以内に撮影した証明写真、そして「eレジデンス登録する主な理由」のみ。これをWeb上で書き込んで登録料の100ユーロを払い込むと、4~5週間の審査を経てIDカードが居住先のエストニア大使館に送られてくる仕組みになっている。僕の場合は、オランダのハーグ市にあるエストニア大使館にこのIDカードを取りに行くことになる。そしてつい先日、審査を通過した。

 eレジデンスの登録が済めば、IDカードを使って、会社登録ができる。あとは銀行口座を開設し、税金を支払えるようにすれば、会社は運営できる。どこに住もうが、どこで仕事をしようが、エストニアで会社を立ち上げ、運営するのは実に簡単なのだ。

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デジタルクリエイティブ人材に最適な国

 誰かがそこに住んでいなくても、現地の従業員を雇わなくとも、エストニアでは会社がオンラインのみで設立できてしまうという事実。これは、世界を移動しながらオンラインで仕事が完結するような現代のデジタルノマド、デジタルクリエイティブ職の人にとって最適の条件だと言える。

 編集者やライター、フォトグラファー、ITエンジニア、コンサルタント……など、その職種は多岐に渡るだろうが、デジタル時代の「ロケーションインディペンデント」な生き方を反映した、新しい会社登録の形と言える。

 法人税率もエストニアは20%と、日本(29.7%)やオランダ(25%)と比べて低め。しかし、僕らの規模の会社にとっては、税率もさることながら税金申告も銀行口座開設も、すべてがオンラインで完結し、手続きも簡単で時間がかからないということが何より大きい。煩雑な手続きにかかる時間コストやストレスを考慮すると、エストニアはさらに割安とも言えるだろう。

 また、シンガポールのように毎年「右肩上がり」を求められ、雇用増、税収増に貢献することにプレッシャーをかけられることもない。僕らのようにクリエイティブな仕事を求められる場合、こうしたプレッシャーを感じずに仕事に専念できることは、非常にありがたい。

 僕は現在、オランダに住んでいるが、世界中のライターやフォトグラファーとつながり、世界中の情報を集めて、インターネット上でクライアントにそれを提供している。オランダは子供の教育面などから「住む」場所として気に入っていて、しばらくはここに腰を据えようかと思っているが、子育てが一段落したら、また移動だってあり得る。

 しかし、どこに移動しようとも、会社の税金申告や支払いがオンラインで完結するエストニアに拠点があれば心強い。シンガポール政府の方針といよいよ合わなくなってきた時には、統括拠点をすべてエストニアに移すことも考えられる。

個人が国を選ぶ時代に

 インターネット環境さえあれば、どこでも仕事ができてしまう時代、個人は住む場所を自分で選べるようになった。

 こうした時代には組織のあり方もどんどん変化していて、「プロジェクト単位」で専門家を集めて仕事をするスタイルになってきている。オランダに住みながら、シンガポールのプロジェクトに関わり、会社登記はエストニア……というように、「住む」と「働く」と「会社」が分離できるようになっているのだ。

 個人が住んだり働いたりする国を選ぶ際には、例えば「物価が安い」「税率が低い」「治安がいい」などいろいろな条件を考慮するだろうが、こうした条件の中でも僕は「その国がどんな人に来てもらいたいのか?」という方針が結構大事なのではないかと思っている。その国が持つ文化やその国が目指す未来と自分の事業が合致していないと、長期的に関わるのはしんどくなってくる。

 例えば、シンガポールは「収益性の高いビジネス」で「右肩上がり」の会社や人材を求めているし、オランダはある程度収入の見込める「個人事業主」の受け入れに比較的オープンで、世界中からたくさんの起業家を集めている。そして、エストニアは「世界中で場所を問わずに活躍する人や会社に来てもらいたい」というメッセージを発している。僕がエストニアに惹かれるのは、その方針が僕の事業や方向性と合っているからだと思う。

 国が個人に選ばれる時代、それぞれの国はこれまで以上に特色を出していかなければならないだろう。そして、そこに集まる人たちがその国の未来を支えていく。さて、日本はどんな人たちに来てもらいたいと思っているだろうか――?

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』。
文・構成:山本直子
フリーランスライター。慶應義塾大学文学部卒業後、シンクタンクで証券アナリストとして勤務。その後、日本、中国、マレーシア、シンガポールで経済記者を経て、2004年よりオランダ在住。現在はオランダの生活・経済情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、北ブラバント州政府のアドバイザーとして、日本とオランダの企業を結ぶ仲介役を務める。

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