【読書感想】100分de名著~老い
100分で名著シリーズの老いについての感想を紹介したいと思います。少子高齢化が進んでいる日本では、一度見つめなおす必要がある老いに対する社会問題について語られています。老いは誰にでもやってくる問題であるので、いずれ直面します。ボーヴォワール自身は、性や恋愛にも常に自由で、正直でいることで、人生を全うしていきました。そのためには、ありのままの現実を受け入れて、前進していくことが大切であると感じました。
作品の概要
老いは作者のボーヴォワールが自身の経験や価値観に基づいて、老いに対する不当な扱いを訴えた作品になります。老いは個人の問題ではなく、社会問題であり、文明の問題であると主張してます。ボーヴォワールはありとあらゆる視点から、厄介者扱いされる高齢者の現実を直視したうえで、心理状態を分析してます。老いによる差別は社会によって植え付けられたものであるので、社会全体で解決する必要性を訴えています。
ボーヴォワールの紹介
フランス出身の哲学者/作家/批評家/活動家である。哲学のアグレガシオンにともに合格したサルトルと契約結婚をしました。必然の愛と偶然の愛を両方が受け入れて、婚姻も子供も持たずにお互いに正直にいて、性的自由も認めあう関係でした。ボーヴォワールはフェミニストであったため、女性解放運動にも参加しており、このような自身の経験から「第二の性」という代表作も執筆している。
印象に残ったこと
成熟と老化
成熟と老化の過程では、生理的、心理的、社会的、文化的の4つの次元がある。移行過程では、身体的と精神的移行でずれが生じることで、アイデンティティが失われる。また、子供から大人への移行は歓迎されることが多いのに対して、大人から老人への移行は歓迎したくない変化です。
老いによる移行過程では、精神的移行よりも身体的移行のほうが早くきます。また、老いは他人に指摘されることで気づかされることが多いです。老いは全ての人に訪れる現象ですが、差別意識が強く、第3者の差別よりも自己差別のほうが強くなります。このような差別意識は社会によって刷り込まれていきます。
老いに対する捉え方
老いをみじめなものだと思うことが、みじめなものにするので、現実をそのまま、受け入れることが大切である。また、老いは必ず写し鏡として自分自身に降りかかってくる問題でもあるのです。そのため、老いによる差別は社会を作っている人が生み出したもので、自身にも責任があることを受け止める必要があります。
老いが受ける差別
社会や文化によって、老いが受ける待遇は異なります。例えば、親子関係によって、老いたときに子供の対応が跳ね返ってくることがあります。経格差によって、老いたときの支援や処遇が異なってきます。また、職業によっても老いの扱いは異なってきます。学問では、学術の進歩のスピードに学ぶことが間に合わないことが挙げられます。そして、今までの経験が覆られることがあるので、新しいことや変化に対しての抵抗があります。これは、日本の大手企業の課題かもしれません。
老いや自己模倣に直面した時の一つの解決策として、環境を変えることが挙げられます。環境を変えることで、初心者に立ち戻るので、一から未知の領域を歩みだすことが出来るのです。
生権力とは
人と人の間に見えないような糸のように張り巡らされ、人の内部にも浸透しているものを生権力と呼んでます。近代国家では、軍事や政治の影響によって、人の量や質を管理していた。そのため、性と生殖管理が結びついていたので、生殖能力のない子供や老人の性はタブーとされる風潮になった。こお風潮が生殖能力が衰えることに対しての、コンプレックスを生むきっかけになってと言える。また、家庭での役割や名前を相手の苗字の下に入れることも生権力の影響だと言えます。
高齢者の生き方
高齢者施設は収容所のような場所で、高齢者同士でしか暮らしてはいけないという考え方も偏見である。一般住宅のように幅広い人と住める環境を整えることが重要で、その制度が社会保障制度である。高齢者の一人暮らしは悪循環に陥りやすく、悪化するとさらに悪くなることが多いので、助け合えるようにすることが大切である。