趣味は暮らし うるわしき内に棲まう 暮らしの光
趣味は暮らし うるわしき内に棲まう
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暮らしの光
若い頃写真作家を目指していた私は今も光と影に目が行きます
夜なら照明器具でどうライティングするかですが
日中は陽射しのコントロールが必要になります
その方法はブラインドやカーテンが一般的であるが
人工的に物差しを当てて切った様なラインだけでは満足出来ません
そこで植物に日陰を作ってもらい、木洩れ陽を室内に取り入れるのです
ルノワールがあのムーラン ド ラ ギャレットで描いた
丸くポコポコしたその光が風に揺られる葉と共にユラユラ動くその光は
室内に安らぎをもたらします
Maurice
光をより意識して設計するようになったのは20年ほど前のことです
土曜日の昼下がり事務所で一人仕事をしていると
扉を開けて二人の女性が入ってみえました
一人は知り合いの日伊友好協会の女性、もう一人はイタリア人
彼女はEmanuella(エマヌエル) RAFFINETTIといいました
彼女は下関の教会の依頼でステンドグラスを造りに日本に来ているのでした
イタリアのステンドグラス界のトップに位置する人の一番弟子で
その名代として今回来日していました
その彼女が日本の建築家と話がしたいと言ったために
私の事務所に来ることになりました
日伊友好協会の彼女の中では、近くに住む日本の建築家はわたしだったようです
彼女の通訳でイタリアと日本のクリエイターの創造に対する会話が始まりました
「あなたはどのようにしてクリエイトするのですか?」
エマヌエルの最初の質問でした
「自分で造っているというより、造らされている感覚
建物がなりたい声を聞いて造る感覚です」
と答えました
地の声を聞き、天の意に添う
ということ
二人はしばらくイタリア語で話していたら、急に彼女は笑いしだして
「あなたたち二人はことばが違うのに、まるっきり同じことを言っているわ
おもしろいわね」
と言った
イタリアのクリエイターも同じ感覚を持っていることがわかると
とても嬉しかった
エマヌエルも嬉しかったのか自分の作品の写真を見せてくれた
それは神々しいばかりの光の色だった
その中で子供たちがステンドグラスの前に座って笑っている作品だった
子供たちの座っている床は後ろのステンドグラスを映して
まるで子供たちが色の光の中で浮いているようだった
「ステンドグラスは直接見上げるものではありません、光がステンドを通して床に映したものを見てください
それが本当のステンドグラスの正しい見方です
まるで神が降り立ったようでしょ」
たしかに、子供たちもまるで天使のように笑っている
エマヌエルは鞄から梱包材に包まれたものを取り出して私に渡した
そこには美しいステンドグラスが入っていました
「えっ、これを私に」
彼女の作品でした
「ありがとう」
私は立ち上がって引き出しから
花鋏を取り出して
彼女に渡した
江戸時代の玉鋼(たまがね)をたたき直して造ったものです
玉鋼はいわゆる日本刀の材料です
なじみの刃物屋の親父が
「お前も建築家を目指すなら多々良ものを一つ持っとけ」
と持たせてくれたもの
「払いはいつでもいいよ」
だって
手持ちじゃ買えない金額ってことだけどね
日本とイタリアのアーチストの親善だから
日本の伝統の品を渡さないとね
彼女はいたく感動して、またゴソゴソ荷物を探って
ひと回り小さい包みを取り出した
ステンドグラスの一輪挿し
これも彼女の作品
私も立ち上がり引き出しから
塗香(ずこう)と紫檀の塗香入れを取り出して渡した
塗香(ずこう)は香木や漢薬を粉末状にして混ぜ合わせたお香のこと
持ち歩いて心身を清めたり、邪気を払うために使われます
なじみの塗香屋の親父が
「お前も建築家を目指すなら香道ものを一つ持っとけ」
と持たせてくれたもの
「払いはいつでもいいよ」
だって
昔はその道の親父たちが日本の文化を継承するために
見込みのあるやつには特別なものを売りつけていた
買う方も物を買うのではなくて
親父の持つ伝統や知識を買うことができた
それを手にすることで、その時代や作者の目指したものや
質と品がわかってくる
いわゆる感性を読み解く技を身につけることが出来た
学校では教わらないアーチストに一番大切なもの
それがわかるからエマヌエルは感動して自分の作品を
私に渡した
こちらもお返しをするには日本の伝統文化を
包含したものを送らないといけない
下衆なものはいけない
そんなことも親父たちが教えてくれた
あれから20年の時が流れました
きっと
彼女は日本の文化を知る
素晴らしいアーチストになっていることでしょう
わたしは
さて