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温泉とWBCと福田吉兆と

「温泉入っていこうか!?」

母から不意打ちのような、温泉への誘いを受けた。
不意打ちの温泉。ふいうちのおんせん。ふいおん。

そもそも今日は花を見に来たのである。


祝日の今日、夫は仕事に行き、一人で5歳児と過ごすのはちょっと…といういう日は実家に行くようにしている。
一人暮らしの母も寂しくないだろうと、親孝行の大義名分を盾に、実家でゆっくりする算段である。

娘を連れて実家にいくと、母は「来てくれて嬉しい!」と言ってくれるが、1時間後には「あんた、何時に帰るの?」と聞いてくる。
が、ここで負けてはいけない。「あー、うん」という生返事でかわすのが鉄則である。相手の「なんか帰って欲しそうだな…」という気持ちを読んで、ほんとに帰ってはいけないのである。

今日はメキシコ対日本戦のWBCを観ていた母が、「花を見に行こう」と誘ってきた。終始、攻めていたメキシコ。
日本の負けを覚悟した母は、負ける瞬間を観ていられなかったのだ。

8回の表に入ったころ、四季折々の花が植栽されている庭園に母と娘と私の3人で出かけることにした。

庭園は実家から車で40分のところにある。私の運転中、母はケータイでWBCの速報をチェックしている。だったら全部観たら良かったのではないか。

日本が劇的な勝利をしたことを、母がケータイのネット速報を読み上げて大喜びしている。娘もよく分からないなりに喜んでいる。ますます、全部観たら良かったのではないか、と思った。


庭園は、ちょうどの花の変わり目なのか、見ごたえあるものではなかったが、広い園内を歩いていることがお出かけしている感じがして嬉しかった。

5歳の娘もテンションが上がっている。こうなると要注意だ。興味のある物を触りたがるし、どんどん勝手に進みたがる。娘のテンションンの上がり方に比例して、私のイライラした声掛けも増えていく。

たまに、お出かけ先で母親と手をつないで歩いている子どもを見ると、「どうしてあんなにおりこうさんでいられるのだろう」と不思議になる。

「ちょっと、あかんって言ってるやろ」
「おりこうさんにして」
「何回言ったらわかるの」

私の声掛けは良くない。なんとかママが聞いたら、たぶん叱責されること間違いない。良くないのは、娘を見ればわかる。でも、どうしたらいいかわからない。何冊も育児書を読んだ。ケータイで、「5歳 癇癪 声掛け」と検索したり、育児系YouTubeも覗いたりする。だから、わかる。
私の娘への声掛けは良くない。
よって、娘の行動も落ち着かない。これは負のループなのだ。

イライラしている私に、母が「温泉入っていこうか」と持ち掛けてきた。

「温泉!?」

「そんなん、あるのここに?」
面食らった私に、「確かあったハズよ」と母は言った。すると、娘もパッと明るい表情になり「おんせん、いきたーい」と言った。

広い庭園の一角に温泉はあり、急遽、我々一行は入ることになった。タオルの貸し出しがついており、メイク落としや化粧水も完備してあって、私たちのように手ぶらで来ても「どーんと来い」な温泉だった。ありがたい。

連日のあたたかな日に比べ、今日は肌寒く、雨もちらついてきた。
イライラと寒さで凝り固まった体に、

湯が染みたー。

娘は案の定、私が怒りたくなることをきっちりとこなす。湯船に桶を投げたり、水風呂に入ろうとしたり。
注意しなくては…とイライラし始めた時に、母が「誰もおらんから、やれやれー」と言った。確かに、私たち以外に、今は誰もいない。広い温泉が貸し切り状態である。娘は思う存分、温泉を楽しんだ。
コロナが蔓延して以来、温泉につかってなかったように思う。

なんか、「ま、いっか」と思えた。
あったかーい湯につかりながら、何やら解きほぐされた感覚になった。

5歳児じゃなくても、怒られてばかりはしんどいよな。
大人だってそうだよな。とも思った。

「スラムダンク」福田吉兆

娘は「福田吉兆」タイプである。
褒めてほしい子。褒められることを欲している子。
褒めてほしくてフルフルしている福田吉兆なのである。

私は間違っていたのかもしれない。
田岡監督になるところだった。
制御したくて怒ってばかりで褒めていなかった。褒めるところを見つけてあげられなかった。自分が厳しく育てられたのもあり、どうしても出来ないことに目が向いてしまう。そして、怒りが収まらない。娘も怒られているけど、指示がわからないから、やめられない。また怒られる。
負のループになっていたな、と湯船につかりながら考えた。


「今日は一緒にお出かけ楽しかったね」

帰りの車の中で、ふいに母と娘にそう話した。
心も体もとても温まっていた。

ふいに温泉に行くのもいいな、と思った。


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