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縄文短歌 ロクの来訪

 母親か逝ってほどなく、朝、アイヌ犬のメリと散歩していると、実家の縁側の前の陽だまりに、黒白ハチワレの猫が座っています。そっと近づくと、そのハチワレは身をひるがえして縁の下へと飛び込みました。そこは、父と母を送った部屋の床下にあたります。それまで見かけることのなかった猫なので、ふと「いつからここにいるのかなぁ?」という疑問が浮かびました。
 それからほどなく、そのハチワレは隣にある私の家のバルコニーに姿を見せるようになりました。そしてバルコニーの窓越しに私の家の中を覗き込んで、うちに住む猫たちと“お見合い”をするようになりました。とりわけタマとはガラス越しに見つめ合っています。それを見た妻は「この子を保護しようよ」と言い出しました。私は、ぶどう園の作業小屋にしまわれていた小型獣の捕獲檻を持ちだして、バルコニーの下に置きました。するとそのハチワレは、すぐに私たちの“招待”に応えてくれたのです。(ぶっちゃけ罠にかかったということですが‥)私たちは、オスだとわかったその猫に、ロクと名づけました。そして、身体を小さくして固まっていたロクは、今ではすっかりリラックスし、首筋を撫でると喉をゴロゴロいわせるようになっています。
 実家の隣りに家をたて、夫婦そろってこの地に引越してから、早いもので10年以上の月日が流れました。その間、義母、父そして母の介護を経験し、最後は自宅から送りました。そこでの経験を通して思うのは、言ってしまえば当たり前の事なのですが、やはり、この世は仮の宿りであり、私たちはそこを訪れ、いずれは去っていく存在だということです。それゆえ、この世での生は儚(はかな)くもある。そうだとしても、いやそうだからこそ、母が逝き、それと入れ替わるように訪れたこの小さい命は、私に、あらためて現世(うつしよ)の生の切なさといとしさ、そしてそのきらめきを思い出させてくれました。あまりにもベタな言い方なので、小さな声で言わせて下さい。ロク、我が家にようこそ、そしてありがとう。

ロクの来訪
母逝きし実家の庭の陽だまりに箱座りする君がいたんだ
 
顔は黒おててが白いハチワレが午後の陽射しを宿してました
 
近づけば菖蒲の前の陽だまりをあとに残して縁の下へと
 
母親が逝った和室の床下にいつから君は宿っていたの?
 
気がつけばベランダ越しにタマトラとハチに挨拶してたね君は
 
ガラス越し見返すタマはジュリエット見つめる君はロミオなのかな?
 
ロクの視点
気がつけばオイラは暗い場所にいて埃の匂い嗅いでいたんだ
 
鼻撫でる風に気づいて顔上げてオイラは向かう光の中へ
 
縁側の庇の外の陽だまりは背中ポカポカ気持ちがいいぞ
 
箱座りしているオイラの前に立つ奴を見上げてデカさにドキリ
 
考える間もなくオレは飛び込んださっき出てきた縁の下へと
 
朝露に濡れた菖蒲をかき分けて匂いをたどりオレは歩いた
 
気がつけばガラスの向こうでグリーンの眼をした猫がオレを見ている
 
招待を受けたオイラは真四角の檻に入って座ってたんだ
 
気がつけばデカい奴らはごちそうを運んでくれるオイラのもとへ
 
父ちゃんに腹撫でられて悶絶をしかけちまった照れるじゃないか
 
お母ちゃん何だかオレは貴女から生まれたような気がしてるけど
 
仮の宿りに
旅立てる魂あれば訪れる魂もある仮の宿りに
 
 

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