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ブルー・オーシャン戦略 (W.チャン・キム他)

ブルー・オーシャン

 ブルー・オーシャン戦略が、従前からの各種マーケティング戦略のスキームの焼き直しなのか、それとも新しいコンセプトなのかはともかく、考え方のベクトルが、マーケットセグメンテーションの精緻化による「既存マーケットの細分化」ではなく、新たなバリューイノベーションによる「新規マーケットの創造・拡大」に向いていることは、主張の立ち位置として評価すべきだと思います。

(p135より引用) CEOは・・・、価値やイノベーションを、事業ポートフォリオを管理するための重要なパラメーターと位置づけるべきである。なぜイノベーションを重視すべきかといえば、それが実現できなければ、競合他社との比較でしか上をめざさないという罠に陥ってしまうからだ。(この点は、野中郁次郎氏も著書「イノベーションの本質」で指摘しています)
 価値という尺度も見落としてはならない。革新的なアイデアであっても、顧客に「対価を支払ってもよい」と思わせるだけの価値がなければ、利益に結びつかないのだから。

 ブルー・オーシャン戦略では、「戦略キャンバス」という分析ツール(フレームワーク)を利用します。これは、横軸に「競争要因(価格・品質等)」をとり、縦軸に自社や競合他社等のスコアを取って一覧したチャートです。
 この戦略キャンバスに描かれた「価値曲線」の形を、競合他社のそれと「差異をつける」ことが、ブルー・オーシャン戦略策定の第一歩になります。

(p49より引用) 業界の戦略キャンバスを大胆に塗り替えるためには、手始めとして、同業他社から代替産業へ、顧客から顧客以外へと視点を移すことが求められる。価値を高めながら同時に低コストも追求するためには、既存のフィールドで競合他社と自社を比較して、差別化と低コストのどちらか一つを選ぶという、古びたロジックを捨てなくてはならない。・・・従来のロジックに縛られたままでは、業界各社が共通に認識する課題に対して、他社よりも優れた解決策を見出すだけにとどまる。

 ブルー・オーシャン戦略の各論については、さらにコメントを続けます。思いの外、この本は具体的戦術を丁寧に書いています。

ブルー・オーシャンへの航路

 本書は、既存の競争市場(レッド・オーシャン)から脱出し、ブルー・オーシャンに至るための具体的activityについても、それなりに具体的に提示しています。
 たとえば、「4つのアクション」です。

(p50より引用) 買い手に提供する価値を見直して、新しい価値曲線を描くために、筆者たちは四つのアクション(the four actions framework)という手法を編み出した。・・・
Q1:業界常識として製品やサービスに備わっている要素のうち、取り除くべきものは何か
Q2:業界標準と比べて思いきり減らすべき要素は何か
Q3:業界標準と比べて大胆に増やすべき要素は何か
Q4:業界でこれまで提供されていない、今後付け加えるべき要素は何か

 このアクションの根底は「差別化戦略」の具体化です。差別化を図る方法として、「バリューのメリハリ」という視点から実用レベルの思考のヒントを示しています。

 ポイントは、減要素(「取り除く」と「減らす」)と増要素(「付け加える」と「増やす」)の二面的着眼です。今あるものをスタートに増減を考える方法は、いきなり全く新たなコンセプトを白地で考え出すよりもずっととっつき易い方法です。
 こうやって既成サービスの特性にメリハリをつけエッジを効かせるのです。「訴求力の高いキャッチフレーズ」が浮ぶかどうかがエッジの効き具合の試薬となります。

 なお、ここでの「メリハリ」が後工程でも重要になります。
 具体的戦略策定段階では、値付け(pricing)の検討があり、さらにそこから確保すべき利益を差し引くと「目標原価(コスト)」が出てきます。
 当然、この目標水準は非常に厳しいものになりますが、この実現のためには、ブルー・オーシャン戦略のコンセプトである「取り除く」「減らす」というメリハリが物を言います。即ち、この競争要素の取捨選択により、従来のコスト高騰要因が少なくなっているということが前提となるのです。

 さて、ブルー・オーシャン戦略は「従来からの市場ではない市場」を目指します。
 そこに至る道筋として提示されているのが「6つのパス」です。

(p72より引用) 市場の境界を引き直す方法には主として六種類のアプローチがあるとわかり、これらを六つのパス(the six paths)と呼ぶことにした。・・・
パス1:代替産業に学ぶ
パス2:業界内のほかの戦略グループから学ぶ
パス3:買い手グループに目を向ける
パス4:補完財や補完サービスを見渡す
パス5:機能志向と感性志向を切り替える
パス6:将来を見通す

 これだけがアプローチ方法かといえばそうとは言い切れないでしょう。しかしながら、上記のそれぞれの切り口は確かに実用的だと思います。
 もちろん、ここで提示された切り口は、従来のマーケティングの考え方でも指摘されていました。(たとえば、マクドナルドの競合は、最初はロッテリアでしたが、今ではコンビニ(おにぎり)になっているとか・・・)
 だからといってこの切り口を否定すべきではありません。異なる視座や視点で広く事象を見渡すことの重要性は普遍だと思います。

 このあたりの考え方については、私の別のBlogでも以前「2つの関係」「「見る」- 考えるための「はじめの一歩」-」でも触れています。

内向きと外向き

 「新たな需要創造」に取り組む場合、しばしば陥る落とし穴です。

 自社のマーケットは「市場規模×シェア」です。(これは、古典的マーケティングの基礎コンセプトですね) したがって、ここから、自社のマーケットを拡大するには、①市場規模の拡大、②シェアの拡大 の2つのアプローチがあることが導き出されます。
 しかしながら、どうもマーケティング実務者は「②シェア拡大」に注力しがちです。

(p138より引用) 市場シェアを伸ばそうとする企業はえてして、既存顧客層の維持・拡大を図る。この結果、セグメンテーションの精度を高め、製品やサービスを顧客の嗜好に近づけていく場合が多い。競争が激しければ激しいほど、カスタマイゼーションが強まっていく傾向がある。セグメンテーションを突きつめて顧客の嗜好を満たそうとする企業は、ともするとターゲット市場を狭めすぎてしまうきらいがある。

 そこで、「①市場規模の拡大」にも着目すべしと言うわけです。

(p140より引用) 潜在需要を開拓するには、顧客よりもまず顧客以外の層に、相違点よりも共通点に注目してはどうだろう。セグメンテーションに躍起になるのではなく、むしろ脱セグメンテーションをめざすとよいのだ。

 さて、セグメントを取っ払った拡大マーケットには「ニーズの共通点」があるはずです。その視点から考えを進めると「逃げて行った顧客の共通点を探す」ことがブルー・オーシャン発見のひとつのヒントになることにたどり着きます。

 このように考えていくと、結局ブルー・オーシャン戦略は、

(p155より引用) 筆者たちの主張は、できるだけ広大なブルー・オーシャンを手に入れるためには、既存の需要だけに気をとられずに非顧客層にまで視野を広げ、新戦略を練るに当たっては脱セグメンテーションを図るべきだ、というものである。

ということになるようです。

ブルー・オーシャンの暗礁

 本書は、ブルー・オーシャン戦略の「策定」についての論述に加えて、その「実行」に向かう上での課題についても多くのページを割いて触れています。
 たとえば、「実行」にともなう組織面の問題点は、以下のように「4つのハードル」として示されています。

(p199より引用) 戦略実行にともなう組織面の4つのハードル
意識のハードル : 現状に浸りきった組織
経営資源のハードル : 限られた経営資源
士気のハードル : やる気を失った従業員
政治的なハードル : 強大な利害関係者からの抵抗

 これらの指摘は確かに現実的なものです。
 そして、これらのハードルに対抗する方法の一つとして「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」を紹介しています。

(p198より引用) ティッピング・ポイント・リーダーシップ・・・の核心にあるのは、どのような組織でも、一定数を超える人々が信念を抱き、熱意を傾ければ、そのアイデアは大きな流行となって広がっていく、という考え方である。このような現象を引き起こすためのカギは、拡散ではなく集中にある。

 すなわち、全方位的に対応するのではなく、影響力のあるファクタ(影響力のある人・組織等)を集中して攻めるのです。

 ちなみに、“ティッピングポイント(Tipping Point:小さな変化が大きな変化を生み出す点)”は、「あるアイデアや流行もしくは社会的行動が敷居を越えて一気に流れ出し、野火のように広がる劇的瞬間のこと。(マルコムグラッドウェル)」と定義されています。また、マーケティング理論では、アーリーアダプターからアーリーマジョリティーへ移行する時点で、“ブレークスルー(Breakthrough:不連続な拡大時期)”が発生すると言われています。
 つまり、ティッピング・ポイントとは、利益メカニズムにおいて急激に利益が上昇するポイント、収穫逓増が働き始めるポイント、即ち経営資源を投入し続けるべきポイントを意味しているのです。

 さて、「ハードル」に話を戻して1点。

 ブルー・オーシャン戦略実行にあたって、「従業員」がハードルになるケースがあげられています。この本では、その対処方法として、「従業員の知性や感性」を認めた「公正なプロセス」の遂行が提示されています。 
 当然ではありますが、戦略は策定時点から実行を意識したものでなくてはなりません。企業活動における実行は、「社員のアクション」そのものです。

(p241より引用) 公正なプロセスを柱にすえて戦略の策定を進めれば、最初から実行段階を見すえて戦略を決めることになる。

 ここでの「公正なプロセス」というのは、“オープンベースな参加型プロセス”のイメージです。具体的には、戦略の策定フェーズにおいても可能な限り社員を巻き込んで検討を進めることがそれにあたります。
 「実行」されない「戦略」は全く無意味であり、考えるだけ時間の無駄です。
 「考える」に際して関係者を巻き込んでおくと、現実に即した戦略の策定ができるとともに、実行段階で必要となる事前コンセンサスも得られるというわけです。
 まさに、「一石二鳥」の効果です。

赤→青→赤→青・・・

 著者たちも、ある企業が一度獲得したブルー・オーシャンが未来永劫続くとは考えていません。いつかは、模倣により競合他社に追いつかれることは想定しています。

(p246より引用) どのようなブルー・オーシャン戦略も、いずれは模倣されるだろう。模倣者が市場シェアを奪おうと襲ってきた場合、苦労して手に入れた顧客層を失うまいと守りを固めるのが、一般的な対応である。・・・そしてそのうちに、戦略上の思考や行動の中心には、買い手ではなく競合他社がすえられる。この状態が続くと、価値曲線の形状は他社のそれと似通っていく。
 競争の罠を避けるためには、戦略キャンバス上の価値曲線に目を光らせておく必要がある。・・・価値曲線が競合他社と似通ってきたら、次なるブルー・オーシャンの創造に腰を上げるべきだと、気づかせてくれる。

 上記のエッセンスは、競争環境の変化についても、おなじフレームワークでモニタリングをし続け、戦略の継続か変更かを判断することが重要だということです。
 残念ながら、ブルー・オーシャン戦略は一度成功するとそれでHappyというものではありません。豊かな海には漁船は集まってきます。

 また、ブルー・オーシャン戦略は、「レッド・オーシャンとの並存」も当然のことながら意識しています。従前からのレッド・オーシャンにおける種々のマネジメント手法についても全く否定していません。

(p248より引用) ブルー・オーシャンとレッド・オーシャンはつねに並存してきたため、現実問題として各社は、二種類の戦略に長け、両方の海で繁栄しなくてはならない。レッド・オーシャンでの競争手法はすでに理解しているはずであるから、これから学ぶべきは、いかに競争から抜け出すかである。

 この点、当初、本書を読む前に勝手に想像していたスタンスとは異なっていました。ブルー・オーシャン戦略はレッド・オーシャン戦略の「代替」ではなく、「補完」もしくは「相乗」の関係に立つものと理解すべきなのですね。

 あと、蛇足ですが、自戒をこめて気になったフレーズです。
(この点だけでコメントするほどではないので、ここに覚えとして追記しておきます)

(p122より引用) じかに確かめるという作業は、けっして外部委託してはいけない。自分の目で確かめるのと、間接的に報告を受けるのとでは、雲泥の差である。偉大な芸術家が、誰かの説明や表現、あるいは写真をもとに絵筆を走らせるなど、ありえないだろう。必ず画材を自分の目で見ようとするはずだ。偉大な戦略家についても同じことがいえる。



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