組織戦略の考え方 (沼上 幹)
組織と人
私がお世話になっているかたのBlogで紹介されていたので手に取りました。
「はじめに」を読んで、この本にこめられた著者の意気込みが伝わってきます。この手の本にはめずらしく、結構企業内部で見られる「現実」的な実態を把握したうえで論述しています。
最終章の「腐敗からの回復」の項の処方はさすがにやや即物・短絡的な感がありますが、それでも、そこに至るまでの種々の実態把握・考察等は大いに納得できるものです。(納得できるということは、実はあまりいいことではないのですが・・・)
私がいろいろな意味で気になった、いくつかの「キーワード」「キーフレーズ」をご紹介します。
(p19より引用) 官僚制は組織設計の基礎であり、その基礎ができていない組織は凡ミスを多発する。
当たり前のことをキチンとするためには、素直な機能本位の組織が基礎になります。基本があっての応用です。
ただここでいう組織は「最適プロセスを具現化するための型」というイメージで捉えるべきです。
ミスを犯してしまうのは「組織ではなく人」ですが、「人」の部分がプロセスの一部になっている場合は、結局「プロセス」の良否が「パフォーマンス」の良否を規定してしまいます。
(p28より引用) 「ルーチンワークは創造性を駆逐する(計画のグレシャムの法則)」
そのとおりですが、創造性を損なうほど「ルーチンワーク」が肥大化している状況を問題だと捉える必要があります。
(p62より引用) 組織構造自体は何も解決しない・・・なぜなら、組織構造や制度といったものは仕事の邪魔をすることはできても、仕事自体を自動的に処理してくれるものではないからである。・・・特定の構造の下で、何らかの判断を下して最終的に問題を解決するのは常にヒトであって、組織構造それ自体ではない。
これは、全くそのとおりです。でも、やはり仕事がうまく進むような組織づくりを目指したいとも思います。
人材が揃ってさえいれば組織はどうでもいいともいえません。優れた人材がいるのであれば、なおさらその能力が十二分に発揮できる仕掛けを準備すべきです。
問題なのは「硬直し機能停止した組織を放置すること」だと思います。
(p102より引用) 「フリーライダー(ただ乗りする人)」
なる気になれば、誰でも簡単になれます。なる気が無くてもなってしまうこともあります。
ならないようにするのは結構大変です。ならないように意識し続けなくてはなりません。
ボトルネック
プロセスに取り組む上で最も重要な能力は、「ボトルネック」や「クリティカルパス」を見極める目です。
(p53より引用) 「生産工程」の生産能力は一番処理能力の少ないところに規定されているのだから、その周辺がどれほど生産していても事態は一向に改善しない。・・・ボトルネック以外が、無闇に頑張りすぎるとろくなことにならない。・・・周りの人間が頑張りすぎることで、却って組織の意思決定生産能力が低下してしまうことさえあり得るのである。
この現象の背景には、「プロセスのノーコントロール状態」があります。プロセス上の「ボトルネック」を識別する仕掛けがなかったり、プロセス全体を管理・調整する役割のマネージャーが不在だったりしているのです。
その中で、一連のプロセスのそれぞれのパーツが勝手なペースで回転し、処理しきれないプロセス在庫や未稼働プロセスを積み上げているのです。
(p56より引用) ボトルネックは短期と長期では異なるという点をしっかり認識しておくべき
この点も、当然ですが、実際の場面では結構忘れ去られています。すなわち、目の前のボトルネックを解消することが根本的な改善にも繋がると思ってしまうのです。短期的対応のための外部リソースの活用と長期的な人材育成の取り組み等がいい例だと思います。
(p136より引用) エースに重要な仕事が集中するのは組織全体にとっても適切だから、経営上の深刻な問題ではない。問題は、重要でない仕事までエースに集中してしまう点にある。本当のボトルネックであるエースの仕事処理能力を無駄遣いしてしまうことになるから、こっちの方は経営上の深刻な問題である。
この点も意識して気をつけないと、放っておくと必ずこうなります。
エースと言われる人は、仕事を嫌がりませんし、その周りにはコバンザメのように「フリーライダー」が取り巻いているからです。
「意思決定」「決断」&「落としどころ」
「意思決定」「決断」「落としどころ」は、「決める」という点では同じグループですが、その本質は全く別物です。
(p123より引用) 決断は単なる意思決定ではない。「何かを捨てて、何かを取る」・・・等々、大胆で不連続な側面を持った意思決定である。・・・こういった辛く厳しい決定を自分一人の責任で遂行できるというタイプの人が不足している。戦後の「民主主義」的教育を小学校から受けてきた人々は、企業に入っても「独断」を嫌い、周りの多数者が暗黙のうちに考えている「落としどころ」を探ろうとする傾向が強いように思われる。・・・社員の総意を反映した「落としどころ」という答えしか出せず、決断ができない経営者・管理者は不要である。
「落としどころ」という一見老成したような言い様は、真剣な議論を蔑ろにする安易な逃げ道です。したり顔で使う言葉ではありません。
さらに著者は、「決断不足の3つの兆候」を示しています。
フルライン・フルスペック要求
(p132より引用) フルライン・フルスペックの製品企画や全方位全面戦争型の戦略計画などは、何も考えていない、何も決めていない明白な兆候なのである。
経営改革検討プロジェクトの乱立
(p133より引用) 経営者自身は、検討委員会を作ることを決めただけであって、会社をどの方向に向けるのかを決めたわけではない。
人材育成プログラムの提案
(p134より引用) 問題は、現在直面している課題の解決には人材の育成が時間的に間に合わない、というところにある。・・・問題解決の時間的な間尺が合っていない提案が出てくるようになれば、思考が足りないことは自明である。
どれも、ちょっと心当たりがあります。まずいです。
組織腐敗のメカニズム
著者は、組織の腐敗傾向をもたらすメカニズムとして以下の二つをあげています。
「ルールの複雑怪奇化」
(p179より引用) 組織において、古いルールや手続きなどを廃棄処分にして、新しいルールや手続きを作るという新陳代謝が起こりにくく、古いものはそのまま残り、新しいものがその上に追加的に付け加わっていき、その結果、古い組織ほど複雑怪奇なルールをもってしまう
「成熟事業部の暇」
(p179より引用) 成熟事業部では皆が仕事に慣れてきているので、仕事遂行能力が余っており、その余った時間で内向きの無用な仕事が次々と生みだされてしまう
また、組織の腐敗の回復策として、著者は、「既存秩序の徹底破壊」「思い切った若手の人事異動」「暇と忙しさのメリハリ」を提案しています。
私は、これに「建設的な雑談の推奨」を付け加えたいと思います。
これは、著者が「高質な雑談」として注目しているものです。
(p208より引用) 実は、会社が優れた意思決定を生みだせるか否かを大いに規定しているのは、社員の間で語られる雑談の質である。・・・外向きの高質な雑談が日頃から行なわれている組織では、戦略審美眼が高まり、トップが目指している全社戦略が何であるのか、事業部長が目指している事業戦略の決定的なポイントがどこにあるのか、といったことを従業員が感じ取る感受性が高くなっている。従業員たちが戦略の本質を鋭く感じ取れるようになっていれば、トップも戦略を従業員たちにストレートに投げかけやすくなる。
柴田昌治氏の著作「なぜ会社は変われないのか」などで提唱されている「オフサイトミーティング」と同じコンセプトです。
このミーティングは、「おかしいと思うことをおかしいと言えるようにする」という極めて当たり前のことを実現するのが目的です。その第一歩として、「気楽にまじめな話をする場」をつくることを薦めています。
社員が何人か集まると、自然に真面目で建設的な雑談の輪ができるようであれば心配はありません。組織の心臓部は健全に動き続けています。