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生成AI時代の「新しい仕事」を作れ。

【古いものに執着するな】
古いものは、新しいものにとって代わられる。時間の流れがある以上、これは止めようがない。しかし、新しいものだからといって、必ず良いものであるとは限らないが、ものの良し悪しだけで、時代の流れにかかわらず生き残っていくかどうかはわからないし、数千年の時代を生きてきたものがなくなることだってある。

【しかし新しいから良いわけでもない】
「新しいから良い」「古いから良い」のどちらも間違いであり、正しくもあるが「新しいものは必ず古いものを淘汰する」も、間違いだろう。

【過去を知って未来を見て】
であれば、この時代に生きている私たちは、過去を凝視しつつ、未来も見る必要があるのであって、どちらかを見ない、ということは、人間の歴史を途切れさせることになる。

【AIはエイリアンではないし魔法でもない】
最近の人間社会の大きな動きは、やっと開発者以外の目にも触れるようになったAIの話だ。開発者以外には生成AIが突然エイリアンや魔法のようにこの世にやってきたように見えるだろうが、これは魔法ではなく、開発者がコツコツと作り上げてきた道具にすぎない。

【「芸」と「訓練」】
この生成AIができることによって人間社会の何が失われていくかというと、それは「訓練によって獲得される、人の属性の一つである」「芸」である。

【「芸」の獲得の価値が低下する時代が始まる】
人は社会で生きていくために、様々な「芸」を身に付け、芸を認められて社会の生産活動を担う一員となり、社会を支える柱の一つとなることによって、社会における存在意義を自他共に得てきた。言い換えれば「芸の獲得」は生きていくための収入と、社会に生きる人間としての生きる意義を作ってきた。生き甲斐、ってことだね。しかし、生成AIは訓練で得られる「芸」の多くを、人間ではない存在に任せられる、と、証明してしまった。同時に、AIは芸を得るための努力の価値を減らし、人間の存在意義のかなり多くを奪っていくことになるだろう。

【AIができる「芸」には価値がなくなる】
つまり「生き甲斐」「芸を持つことによって得られるプライド」の多くをAIが奪っていく、ということだ。逆に言えば、AIにできる「芸」であれば価値が低くなるので、それを前提に、新しい時代の新しい「芸」を、私たちは得ることができなければ、食えなくなる、ということだ。自動車の運転などは、当然「食えなくなる芸」になるだろう。

【新しいものを】
一方で「AIシステムを作る」という「芸」はさらに必要とされるだろう。また、新しいものに誰よりも早く習熟すれば、その芸は、AIシステムの入力データとして高い価値を持つだろう。従って、人間社会に必要なものを新しく考え出していく仕事こそが、これから生き残る仕事、ということになる。

【「できます」に価値がなくなる】
これからは「XXができます」ではなく「新しいXXを考えました」が、生きるための、人間の仕事、ということになる。

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