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「アナログ」と「デジタル」の意味って知ってますか?

【京大の学生でも知らない】
どうやら、京大の学生でも「アナログ」「デジタル」の意味を知らないらしい。言葉や単語の本質について、理解して言葉を使う、という訓練がされていない人が増えたのかも知れないなぁ、などと思っているのだが。とは言うものの、知らないことを知るのが学生の勉強なので、知らないことが恥ではない。わからないことはどんどん聞いて知識にすれば良いのだ。

「そろばんはデジタル」と言うのは「アナログ」「デジタル」という単語のもともとの本質的な意味を語った。それを受け取るほうは同じ単語を「古いもの」「新しいもの」という意味で普段は使っているから、単語に対する認識の違いが表に出た、ってことだね。

今ぼくらが住んでいるこの日本では「犬」を「犬」という単語で表現しているけれども、違う国に行くと、ぼくらは「犬」と呼んでいる動物を「猫」と言っているかも知れない、っていう、よくあること(よくあるのかよ!)だなぁ。

【今どきの「アナログ」「デジタル」】
今どきは多くのところで「古いもの」を「アナログ」と言い、「新しいもの」を「デジタル」と呼んでいるようだ。しかし、単語のもともとの意味は実は違う。単語のもともとの意味を知らず、「アナログ」「デジタル」と、印象で使っている単語なわけだが、それもアリっちゃアリでしょうなぁ、とは思うが。だから「そろばん、ってデジタルですね」という問いかけに「!?!?」な印象を持つ人が多いのだろう。

【万里の長城の「のろし」もデジタル】
もうひとつ言えば、中国の万里の長城では、その途中にところどころある監視塔で「のろし」が信号伝達手段として使われた、と言う。これもデジタルだ。のろしは「敵の攻撃を受けた(という情報を知らせる必要があるわけだが)」ら、監視の建物の上で火をたき煙を出し「のろし」で遠く離れた隣の監視所に立ち上がる煙でそのことを伝えた。そして、その監視所では、さらに隣だが更に遠くの監視所に同じ方法で情報を伝える。このように「のろし」のリレーで攻撃されたところから遠く離れた首都まで、短い時間で敵襲を伝えた、という。「のろし」は普段は上がらず「0」の状態だが、敵襲を受けると「1」の状態、すなわち、のろしを上げた状態になる。のろしの煙が見える範囲で監視所を万里の長城に沿って点々と設置する。その監視所兼情報中継拠点を万里の長城に沿って多数持ち、のろしのリレーによって、長距離でも、短い時間での通信を行い、敵襲を遠方にある首都に伝える。この仕組は原理的に「デジタル」である。原理的にデジタルだからこそ、信号で伝えたい内容が、正確に、長距離を、遅滞なく伝えることができた。

【「デジタル」の対比語として「アナログ」ができた】
1970年代くらいまでは、電子技術関係(分野として弱い電気を扱うので、分野としては「弱電」と言う)のものは「デジタル」のものは一般的ではなかった。電子技術は電子技術だよ、てなもんである。しかしデジタル技術が台頭し始めると、従来の電子技術は「アナログ技術」と呼ばれるようになってきた。つまり、用語の出現順序としては「デジタル」が先で「アナログ」が後なのだ。なにせ「デジタル以前」は「アナログが全て」だったから「電子技術」で良かった、というわけだ。デジタル技術も、出てきた頃は「パルス技術」と呼ばれた。

【「デジタル」の語源】
デジタルの語源は、指に関係するものを「digiなんとか」と呼ぶところから来た。この指に関するものを「digiなんとか」と言うのは、例えば、草の種類(雑草に近い)で「Digit Grass」というのがあるのだが、これが手のひらのかたちに似ているので、この名前がついている、というものがある。しかしね、雑草が地面に手が生えてるみたいに見えたんだな。なんかホラーかよ、みたいな感じだ。この「Digiなんとか」っぽいものを「Digital」と呼ぶことから始まったのが「Digital」なんだな。物事を数えるとき、「一つ、二つ。。」と、指折り数えるその数え方が「デジタル」ということだ。手には指がついてるからね。この数え方では物事を数字でとらえるとき「数える途中」の「1」「2」の「間」は、関係無いこととされる。量などの数字で表されるものの扱い方が「指折り数えるみたいだから」「デジタル(digital)」というわけだ。

対して「アナログ」だが、良く似ているものを「アナロジー(Analogy)」というが、これは「AとBが同じような動きをする」という意味だ。転じて「比例」という意味で使われる単語だ。Aというものが変化するさまを、Bというものがその変化に沿って表示などの変化を示す。Aの変化の様子そのままにBが変化して見える。この様子を「アナログ」と言っているわけだ。

【既に「アナログ電子技術」は無い世の中なのか?】

今や音楽でも、マイクロホンでアナログ電気信号になったものを「A/D(アナログ・デジタル)変換器(コンバーター)」で、デジタル信号にした後は、全てデジタルで記録したり加工したり、流通したりする世の中になった。音楽を聞くときは、デジタル化された音の信号を、またアナログに戻す「D/Aコンバーター」を使う。壁の掛け時計でも、長針短針のある時計でも、中にはマイコンが入っていてデジタルで動いている。

【なぜ「アナログ」ではなく「デジタル」になったか?】
では、なぜ、電子技術のほとんどが「アナログ」から「デジタル」になってきたのだろう?その秘密は「信号の伝達」はデジタルのほうが有利だからだ、ということになる。

ダニエル・ベルが発明した電話は音声をマイクロホンでアナログ電気信号にした後、電線を通って遠いところに電線を引っ張り、そこで電気信号をスピーカーにつないで、音声として「再生」する。Aでの音声をBで再生する。しかし、その線が長くなると、どうなるか?最初は数mだったものが数百mになり、やがて数km、数十kmになる。そうなると、電線を通る電気は電線の中で伝送する距離が長ければ長いほど、少しずつ熱に変わり(これを「損失」と言う)、AからBに到着するまでに、電気がみんな熱になって、なくなってしまう、ということが起きる。これが「伝送路で起きる信号の減衰」だ。また、途中で他の強力な電気を発生するものがケーブルの近くにあれば、そこから電気ノイズを拾ってしまう。長距離の電気信号の伝送では、受信側では、雑音が大きくなり、小さく減衰した信号より大きくなって、通信ができなくなることもある。しかし、デジタルの電話であれば、音声の電気をデジタルにして、途中は「電気がある」「電気が無い」だけが受信側でわかれば、減衰した僅かな電気信号でも音声をきれいに再生できる。雑音は電気のある、ない、の中間の大きさで混ざっていることが多いから、排除も簡単だ。電話で言えばこんな感じだ。

●アナログの場合:
音声→アナログ電気信号
 →伝送(伝送路が長い場合、信号にノイズが乗る・減衰する)→ 
アナログ電気信号→音声(雑音が混じり小さくなった信号)

●デジタルの場合:
音声→アナログ電気信号→デジタル化した電気信号
 →伝送(伝送路が長くても、信号に乗ったノイズを消せる・減衰しても1/0だけだから復活可能)→ 
デジタル化した電気信号→アナログ電気信号→音声(雑音を除去し信号の内容は明晰なまま)

デジタルはまず、信号伝送、ということでメリットがあったわけだ。

【デジタルのメリット】
結局、デジタルのメリットはアナログ値という電気の変化を他の部品や他の電気回路に伝えるときに、途中で起きる様々な障壁(減衰やノイズ)をクリアできる、ということがあるからだ。そして、現在は普通に使われている「集積回路(IC,LSI)」で、高速でデジタル信号を扱う機器が安価に作れるようになった、ということがあったからだ。コストが高ければ、いくら良い技術でも使われないのは、言うまでもない。

【他にもメリットがあるデジタル】
デジタルでは、他にも「電気がある・ない」だけ扱えれば良いから、高機能で高性能な電子機器を安価に作れるようになった、ということもメリットになった。微妙で高度な職人芸を必要としたアナログ電気回路にはないメリットだ。結果として、微妙なアナログ値を扱う「職人芸」が必要なくなり、発展途上国などの工場でも、素人に近い人が訓練をほとんどしなくても、高性能な電子製品を作れる、ということができるようになった。デジタルは電気回路設計における「職人芸」を追放した。結果として、安い人件費で同じことができるものを作れる様になった。発展途上国の近年のハイテク製品製造の発展は、デジタル化によるところが大きい

いずれにしても、デジタルになると、最初は希少で高価だったデジタル電子部品(デジタル電子機器)が、量産で安くなった。安価で作れるから安くなる。そして、安くなればたくさん売れる。量産効果で売れるから更に安くなる。この好循環が始まったのだ。

※「デジタル」「アナログ」。時の流れとともに、その単語の意味が変わってきている。しかしDXで世界が変わるこの時代、教養として中身の意味もわかっていたほうがいいだろう。それは人の「道具の歴史」そのものだからだ。

【おまけの英語】
で、こういう技術をやっていく過程で、英語の勉強にもなっちゃうわけです。地域文化的なものも含めて、単語や英文の意味の理解なんかもあると、技術をより正しく、深く理解して、その技術をものにできるからね。「技術」は覚えたことを使う、というだけだと思っていると、こんなところに「深堀りして楽しい」という文系的要素があるんだね。

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