水門メーカーが選んだ意外な新規事業の顛末~寄り道の効能について~
「水門屋がキャンプ用品って…寄り道してないで本業に集中したほうがいいんじゃない?」
会社を経営しているといろんな人と会うもので、たまにそんなことを言われることがある。言いたいことは分かるし正論だなと思う。それでもあえて言わせて頂きたい。寄り道せずに本業できるか。
水門メーカーがアウトドア市場に参入
こんにちは。福岡県の水門メーカー後継ぎムスコ、乗富鉄工所の乘冨賢蔵です。発注が減りつつある水門事業の穴を埋める新規事業として、職人技を生かしたプロダクトブランド「ノリノリライフ」を2020年に始めましたが、社内でも懐疑的な意見がが多数派でした。もっと水門の営業に力を入れるべきだとか、新規事業やるにしても水門に寄せていった方がいいんじゃないの、とか。
ノリノリライフは「LIFEがもっと好きになる。」をテーマにした暮らしの道具のブランドですが、最初に狙った市場はアウトドア。なぜアウトドアだったのかと言われたら、職人にアウトドア好きがいたからとか、当時アウトドア市場が盛り上がりつつあったとか、本業で培った鉄工技術が生かせるからとかいろいろあるのですが、一番の理由は「本業から距離がある事業」だったということです。
ニッチな業界の苦難
本業の水門は暮らしを支えるインフラ事業。ある試算によると日本に水門は100万門あるということですが、これは信号機の3倍以上。これだけあれば多くの人は毎日目にしているはずですが、農業や治水に関わる仕事をされている方を除けば暮らしの中で意識されることは滅多にありません。
一方で水門は基本的にオーダーメイド。機械による自動化が非常に困難であるため、現在でもほとんど職人の手作業で作られており、技能の継承が非常に重要になる業界です。ただし、ただでさえ不人気な製造業でも超ニッチな「水門職人になりたい」という人はほとんどいません。職人が重要なのにその職人を確保するのが難しい、そういう事業なのです。
ただし、実際に働く職人の中には「いろんなモノがつくれて楽しい」という人も多い。作る対象がなんであれ、自分の手でモノを作り上げていく仕事は楽しいものでもあるのです。ベテランの職人に話をきくと、「●●町の水門は俺が若い頃に作ったんだ」と自慢げに話してくれます。これを多くに人に知ってもらう必要がありました。
そのために、多くの人が興味がある領域で職人の技術が伝わる商品を作ろう。いずれは職人技でブランドを作って、鉄工職人を憧れられる職業にしよう。それが本当の狙いでした。
暮らしを支えるオーダーメイドの水門から、暮らしを楽しくするプロダクト(量産品)へ。こうして挑戦がはじまりましたが、実際かなりのギャップがあり商品開発から販売までめちゃくちゃ苦労していますが(商品開発の経緯ご興味ある方はこちらのnote見てみてください…!)、2023年時点で年間1500万円程度の売上が見込めるようにになりました。
1%が変えたこと
とはいえ新規事業の売上は会社全体の売上からするとわずか1%強。最終的には売上50%を目指しているので、「それ見たことか。やっぱり本業に集中した方がいいよ」と言ってくる人もいますが、それは違うと断言します。わずか1%ですが、その1%が会社を大きく変えつつあります。
まず、採用活動が好転しました。もともとの乗富鉄工所は中途採用がほとんどで主な入社の理由は「家が近いから」とか「安定してそうだから」などでしたが、2022年以降は新卒採用がメインとなり志望動機も「職人技を身に着けたい」や「新しいことに挑戦する社風に惹かれて」などに変化しました。女性の入社希望者が増えたことも特徴で、2023年4月入社の6名のうち4名が女性でした。
また、新規事業の取り組みをきっかけに多くの方に知ってもらったことで水門以外のオーダーメイドやOEMの仕事が増えたことも変化のひとつです。特にデザイナーとの協働経験が買われ、デザイン性の高い家具や什器・オブジェなどこれまで手掛けたことのない分野の仕事が増えたことは、新しいものづくりにチャレンジしたいという職人にとっても新鮮だったようで、社内に前向きな空気が流れるようになりました。
寄り道して見えた本業の未来
なにより大きかったのが、新規事業にチャレンジしたことで私や社員が成長し、新規事業で得たノウハウやリソースを水門事業に活かせるようになったことです。
水門事業は受注産業なので「客先から求られたものを作る」という発想が一般的ですが、プロダクトを中心とした新規事業では「ユーザーが本当に必要なものを先回りして作る」ことが求められます。この発想を生かして開発したのが既設の古い水門に後付けすることで省力化することができる装置「スイモンアタッチメント」。水門管理人が高齢化する中無数にある水門を安価に省力化したい、というニーズから開発したもので、実際に導入されたお客様からは「こんなものが欲しかった」と好評を博しています。
また、2022年からは新規事業を通して知り合ったベンチャー企業オートマイズ・ラボ様と水門の後付け自動・遠隔化事業もスタート。水害時にスマホやPCで安全に水門を開閉できるようになるだけでなく、水量に応じて自律的に治水・利水を行うことができるようになる可能性を秘めた技術です。実証実験中ではありますが、水門管理人の高齢化や降雨量の増加などの治水の問題を解決する可能性がある事業としてすでに全国の自治体の皆様からたくさんの問い合わせを寄せて頂いています。
ほかにもいくつか水門まわりの新商品・新事業を構想中なのですが、それはまた別の機会に。どれも水門だけをやっていたらやれなかったであろう事業です。集中豪雨の増加、超高齢化社会、自然環境への配慮…そういった変化に合わせて、水門というインフラをアップデートする。それが新規事業を経てはじめて見えてきた本業の未来です。
寄り道、発見、寄せ集め
ひとつの目的を定めて、それに向かってストイックに一直線。とても合理的に思えますが、真正面だけ見ていると気づけないことや寄り道しないと見つけられないものもあります。そういう意味で、新規事業は本業では見つけられないレアなスキル・アイテム・出会いを見つけるための寄り道とも言えるんじゃないかと。いつもと違う道を通って通勤するとちょっと嬉しい発見があるように、会社経営のという長い営みの中で、ちょっと寄り道する時期があってもいいんじゃないかと思うのです。
家業に戻って最初の1年間は現場仕事の手伝いをしていたのですが、どんなに準備していても、現場では何かしら想定外の事態が起こるもの。どうしても必要な道具がなく慌てふためく私をよそに、ベテランの職人はその辺にある鉄を組み合わせてありあわせの道具を作りあっさり仕事を片付けてしまう。その器用さ・発想力にたびたび驚かされました。このようにありあわせの手段・道具でやりくりすることを文化人類学の用語で「ブリコラージュ」と言うそうですが、私が新規事業を通してやっていることもこれに近い気がしています。
デザイン、マーケティング、エンジニアリング、オープンイノベーション…新規事業という寄り道の途中で偶然見つけたものを拾い集め、組み合わせて、やりくりしていく…そんなブリコラージュ的営みの先に想像もしていないような面白い未来がやってくる、そんなことを妄想しながら、今日も寄り道して帰ろうと思います。
ありがとうございました。
P.S.乗富鉄工所の新規事業の取り組みはBSテレ東「グロースの翼」でも取り上げて頂きました。良かったら見てみてください。