#6 空間的な形姿をみる。関係性としての形姿をみる。
葦江祝里の「言葉や身体感覚と結びついた生理学」マガジン第6回。前回は、科学的な二つの見方について、分類的・分析的に見るか、ホログラム・フラクタル的に見るかというお話をしてきました。
ものの見方がシンプルに整理された時、霧が払われたような感動を覚えました。その感動も一緒に伝えられたらと思います。
まずは絶対的な見方から。
体は、誰でも見てわかるとおり、第一に空間的な形姿を持っています。
前・後、左・右、上・下の方向性や方向感覚をもち、三次元の面は、動きに3つの面(運動面)をと与えます。
前後の動きは、矢状面の中で行われます。矢状面は、真剣白刃取りに失敗した時に切り込まれる断面で、ど真ん中は正中面、切り込み線を正中線といい、断面そのものは矢状断、正中断です。
地面に水平に前後へ行き来すると、動きに前後の綱引きラインができます。そのラインが水平矢状軸です。
左右にカニ歩きする動きは、前頭面(前額面・冠状面)の中で行われます。前頭面は、カニの甲羅をパカッと外した時の断面になり、腹側と背側を分けます。金太郎飴の前頭面は、どこまで切っても背中は見えませんが、人間の腹側と背側は大きな違いがあります。左右の運動面から見えてくるのは、前頭軸です。
上下にジャンプする動きは、水平面の中で行われます。いわゆる輪切りが水平断になります。上下の動きにあるのは、垂直軸です。
運動評価では、関節の動きも、同じく三次元的な目の使い方をします。
人体を横からみると、肩関節の屈曲・伸展、股関節の屈曲・伸展、骨盤の前傾・後傾などの動きがわかります。この時大切なのは、屈曲・伸展の角度ではなく、動きに働きかけている力を矢状軸に見つけることです。
人体を前から見ると、肩関節であれば内転・外転、股関節であれば内転・外転、脊柱の側屈などの動きがわかります。
天井や地面から見ると、脊柱や骨盤の右回旋・左回旋(ねじれ)の具合がわかります。回旋運動は肩関節や股関節の外旋・内旋(ひねり)にもあります。
腕の動きは、肩関節の3つの空間座標だけで決まるのではなく、指、肘、肩甲骨など、あらゆる変数が同時に存在し、時間に応じて、また他からの影響によっても変化します。関節の可動域評価は、このような分析的運動評価によって行なわれます。
肉体を超える世界・見えない世界を見ていく感覚は、スピリチュアルな領域ばかりではなく、体に運動面や運動軸という補助線を見出していくことでも磨かれます。
高く、大きく動くことだけに意識を向けると力みが出るので、スタティック(静的)な動きで関節や意識を調整したいときは、面の中で動き、前後、左右、垂直の軸を補助線として体のポジションを感じていくのが有効です。
三次元の面と軸は厳密に存在し、評価にはもってこいですが、そこから外れたとき、わたしたちはそれを「歪み」と呼びます。歪みの評価と矯正が有効な時もあれば、そうではない時もあります。
座標や面、軸といった古典的力学は、客観的対象(肉体)と、固定された基準から評価するのに向いていますが、肉体以外の「体」は測れませんし、関係性や相互作用を見るのも向いていません。
相補的な作用から「すがたかたち」を見るのが、陰陽の世界観です。
桜沢如一は、『東洋医学の哲学』の中で、陰陽の見方=魔法のメガネをこう紹介しています。
(1)物理的には、
他の条件が同一の時、水分をより多く含んでいるものが▽(陰)、反対のものが△(陽)
(2)化学的には、
H 水素、C 炭素、Li リチウム、As ヒ素、Na ナトリウムなどをより多く含んでいるものは、それらが少ないか、K カリウム、S 硫黄、P リン、O 酸素、N 窒素などをより多く含んでいるものより△(陽)。
化学は、物質の性質や反応を調べる自然科学ですが、わたしたちが生命を得て人生を体験し、また魂へ還っていく時に、その姿が様変わりするように、元素は自然界にいる姿と、生体内にいる姿とはまったく異なります。
例えば、骨は物質として人体の骨格を担っており、その主成分はリン酸カルシウム(骨塩)で、肉体を焼成すると骨灰だけがリン酸カルシウムとして残ります。カルシウムの99%はこの骨の中にあり、1%だけがカルシウムイオンとして血液・体液の中で働いています。生体内で人生を体験するのは、溶けて電離したカルシウムイオンであり、骨には感覚器官がなく、痛みの体験も周辺の骨膜や筋肉などに任せています。感覚器官が少ない代わり、貯蔵に向いていると言えます。
ちなみにカルシウムは、リンと同程度に▽(陰)性です。
シュタイナーは体内のミネラルや、土壌で植物を育む成分に興味深いテキストを残しています。
リンは光を担う者。炭素は賢者の石で、硫黄の潤いに助けられ、植物の生態を作り上げている造形芸術家。酸素は生命を担うが、そのままでは意識が生まれないので、体内では水素と結びついて水となって働く。窒素は炭素と酸素を橋渡しする。
わたしたちの仕事は、売上や動員数、業績査定などで数値化されますが、仕事の質は数値化され得ません。質をみていくのが陰陽の見方=魔法のメガネです。
あらゆるモノ、コトの特質は、陰陽の結合の比と状態の函数。代表的なのはK カリウム/Na ナトリウムの比で、この比は、細胞内液/細胞外液の比として表されます。
カリウム▽(陰)とナトリウム△(陽)のアンバランスは、血中電解質の代謝異常をもたらします。陰陽のバランスは、唾液などのORP検査で細胞外液の水素イオン濃度=pH値を測れば分かります。pHがニュートラル(体内では7.4の弱アルカリ性)からどのくらい酸性・アルカリ性に傾いているかは、細胞の働く電圧(mV)の量に直結します。
元気がないとき、体には電子を欲しがる活性酸素が残り、細胞の電圧が下がっています。
わたしたちが通常、体を各部屋に分けようとするとき、頭蓋腔、胸腔、腹腔などに分けます。いくらでも細かく分けることができます。pHや電圧の世界では、体の部屋はまったく異なってみえます。
そこが細胞内液か、細胞外液か、血液か。部屋は種類が3つしかない、シンプルな世界です。陰陽の比によって、秩序が作られています。
陰陽のシンプルな世界を、桜沢如一はこう整理しています。
△(陽)は求心力を持つ。
求心力は、次のような現象を生み出す。
熱さ(分子活動を作り出す)
収縮、圧縮
重さ(下降する)
平たい、低い、水平な形
▽(陰)は遠心力を持つ。
遠心力は、次のような現象を生み出す。
冷たさ(分子活動のゆるみ)
膨張、伸展
軽減(上昇する)
上下に大きく、高いという形
「すがたかたち」には、この二つの力が相補的に作用し合っています。解剖学的な構造を見れば、そこに働いている力の質が分かります。
複雑な仕組みを理解しようとするのは、面白いですが容易ではありません。構造や仕組みにそのような働きを与えている実質を見ていくのは、直感的で応用が効きます。
仕組みに作用を与えようとすると、外からの力や薬剤が必要です。けれど、陰陽のバランスに気づき、統合する力を、わたしたち人間はもともと秘めているのです。
次回からは、陰陽のバランスの具体例を見ていきます。