短編小説「置きざり猫ルル」最終章
この夏はまことにに暑うございました
また、台風も何度もやって参りました
奥様と旦那様は気づいておられませんか
いつもこのお庭の日陰に隠れておりました
そしてわたしは
ルルとともにレイニーという名前も受け入れました
本来ネコに名前などございません
それはご主人様だけが有する特権なのでございます
ジュン様を
生涯ただひとりのご主人と決めておりましたが
奥様のわたしを見るお顔がなんともお優しいので
もうひとつの名前も受け容れることにいたしました
7月の終わり頃から
お宅はたくさんの人か次々に訪れ
たいへん賑わい
奥様はときどきわたしのご飯をわすれるほど
バタバタと忙しく働いておりました
しかし奥様のお顔が生き生きされるのは
わたしにとりましても嬉しいことでございました
親子とは別人格ではございますが
やはりどこか似ているのでございましょう
わたしが
ウッドデッキのうえで所在なさげにすわっておりますと
娘さんか息子さんか器にご飯入れてくれました
またわたしにも
野良猫になって初めてお友だちができました
まだ6か月の少年です
隣の地域から引っ越してきたそうです
食べるものに困っているようだったので
あのお宅ならご飯かいただけると
いちどだけ一緒に行って教えてあげました
そうしましと奥様は大変喜ばれ
「あたなはレイニーの子供なの?」
と、それは嬉しそうに言われたのです
奥様はこの少年にブッチと名前をつけられました
あのライオンでさえネコ科に分類さるように
猫の世界はオス猫はその群れにただひとり
おともだちのブッチは1か月ほどで
ボス猫のに負け
また他の場所へと移って行きました
わたしとてそのボス猫に睨まれたら
ここを出てゆかねばならないのでございます
お宅がすっかり静かになった9月の最初の日曜日
お二人は
手さげのカゴや細長いおやつを持って
車でどこかへお出かけになりました
もしかしたら
保健所か警察署から
さくらちゃんが見つかった旨の
連絡があったのかもしれないと
不安もございましたが、奥様が喜ばれるのなら
それも仕方のないことと思っておりました
ところがその日夕方になって戻られた奥様の顔は
はじめて会った時のように暗く
目も赤く充血されておりました
旦那様は 旦那様で
「レイニーがいるじゃないか!
うちの庭にいるのだから
うちの子だろうが!!みっともないもう泣くなー」
と、それは大きな声で、奥様を叱っております
不器用な方なのです
きっと大切に思っていても
愛情のあらわし方を知らないのです
ご両親なしで育った方ですから仕方がありません
その次の日から
奥様は ウッドデッキにはご飯を置かず
座敷の前の廊下に据え付けられた
檻のような四角いものの中にごはんを置き
通りにくいのにその前には
正体の知れない
白いツブツブのはいった楕円形のものまでありました
わたしははじめてそのお宅の廊下にお邪魔いたしました
その様子を見ていた奥様は
「いつまでも待っているからね」
といつもように話しかけます
どうやら保健所で地域猫活動というものを聞いてこられたようで
わたしに不妊手術を受けらせようとお考えのようです
わたしはとおに避妊手術をうけており
もう地域に迷惑をかけることは無いのですよ
と教えて差し上げたいのですが
人間の言葉がしゃべれませんので致し方ございません
わたしももう8歳になりました
最近は胃のあたりが重くなることがございます
それに歯も弱り硬いものは食べれなくなりました
奥様の下さるカリカリも
もうすぐ食べられなくなるだろうと思っております
ジュン様の缶詰が懐かしゅうございます
ただジュン様のお宅がなくなり
そこで死ぬとばかり思っていたわたしは
あてもなく死に場所と
最期を看取ってくださる方を探しておりました
もう決めてあるのでございます
築山の大きなヤマモモの木の下にある岩の上です
あの場所は奥様が起きられて
必ず毎日手お合わせる場所なのです
奥様はご両親に感謝しているのでございましょう
このお宅の奥様ならわたしの亡骸を見つけたら
走り寄って抱きしめて泣いてくださるでしょう
そしてゴミとしてではなく
家族として余分にお金を出して
わたしの体を焼いてくれるに違いありません
そうしてくだされば
きっと向こうの世界でご主人のジュン様が待っていて
わたしをそっと抱き寄せてくださるでしょう
それに
奥様とご主人様も大好きなさくらちゃんに必ず会えるように
わたしがさくらちゃんを何年かけても探しておきます
それが精いっぱいの恩返しでございます
わたしはもうこの冬がこせるかどうかわかりません
ジュン様がなくなってからすっかり気弱になりました
でもいましばらく
ここのお庭を住処とさせていただきたく存じます
了
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