「場所」を選ぶセンス
昨年の初夏、ラブホテルでライブをした。
後にも先にも、こういった場所でライブを行うのは初めてだった。
大阪は京橋にある『千扇』という、築50年以上の由緒あるホテル。企画は此花区でインディーズの出版物を販売している本屋『シカク』。
シカクの8周年(当時)を記念し、ラブホテルを舞台とした唯一無二のイベントに出演参加させて戴いたのだ。
古めかしく、昭和感漂うレトロな雰囲気の館内。吹き抜けになった階段の踊り場をステージにライブが行われる。天井が高いので、音抜けも良く、プレイしていてとても心地良い。目の前の景色がいつもと明らかに違う分、全てがとても新鮮で楽しかった。
想像の及ばない場所で行うライブは、シチュエーションの力もあり、観る人々に強烈な印象を植え付ける。同時に、演る側も非常に刺激的な気持ちになり、パフォーマンスにも特別な力が宿る。
このような貴重な経験をさせてくれた事に対して、シカクの方々やホテルの関係者各位に、改めて心よりのお礼を言いたい。
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"場所の力"というものは大きい。
同じようにライブを行うとしても、「どこでやるか」は非常に重要だと思っている。
10年前『牧歌電子』という一人ユニットを始動する際、"ライブハウス" を主戦場とするか、"クラブ" を主戦場とするかを考えた。
2mix のオケと鍵盤ハーモニカという「半分DJ、半分プレイヤー」という良くいえばハイブリッド、悪くいえば中途半端な構成。
クラブでも良く "おまけ程度に何かの楽器を織り交ぜる" といった演出は見るが、僕の場合は演奏の比重が圧倒的に多い事もあり、どちらへ活動の場所を置くか正直迷った。
しかしながら、バンド時代に得たライブハウスに対する一定の敬遠感と、「世間一般、常識どおりの道をわざわざ辿りたくない」という思いが強くあったこともあり、最終的に当時足を踏み入れ出していた "クラブ" を戦場に選んだ。
一人であるという利点を武器に、話も早くいろんな事に柔軟に対応展開できる「拡張性」なども視野に置いて考えると、自然とクラブを選択するに至った。
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下記のアルバムからのセットが主な時期だったが、聴いて戴くとわかるように、おおよそ "クラブ" でかかるような曲ではない。
しかし、この「非ダンス」な楽曲たちと、おおよそクラブでお目にかかることのない「鍵盤ハーモニカ」という楽器が、かえってお客さんや主催者、箱の人たちに非常に珍しく受け止められ、それなりに大きな反響を得る事ができたので、決して間違いではなかったと思っている。
僕自身、当時は立ったことのない「ブース」でのライブに、味わったことのない感覚を覚え、非常に興奮したことを覚えている。
これがライブハウスだと、フィジカルプレイヤーの絶対数が多い分、さほど珍しい存在感も出せず、おそらく悪い方向で浮いた状態となり、埋もれてしまっていただろう。
この経験は、僕にとって受け取るものが多く、その後の人生の分岐局面において大きな影響を与えてくれた。
「勝つ」ことよりも、少なくとも「負けない」場所を嗅ぎとるスキルは、生きる上で非常に重要である。
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話を戻す。
ラブホテルという「利用目的がある程度限定されている」場所が、別の視点を加える事で、全く違う装いをもったエンターテインメントの舞台に変わる。
古きを愛でつつ新しい方向にも希望が見える、現代ならではのクロスオーバーな感覚。
イベントの話が来たとき、「シカクは "場所を選ぶセンス" が素晴らしいな」と感嘆した記憶がある。
そして牧歌電子も、特殊な形態ながら、その流れに素直に乗れる "拡張性" を常に意識しておいて良かったなと思っている。
このイベントに参加させて戴いた事で、改めてそういった「場所」について思いを巡らせつつ、自分が活動を開始した時期の事を同時に思い出した。
今日はこんなところで。