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フィンランド文学をとりまく周年記念

執筆担当・文責 上山 美保子(うえやま みほこ)
翻訳言語 フィンランド語⇒日本語

早いもので、北欧語書籍翻訳者の会がこのNOTEに定期投稿を始めて、今年(2025年)4月には6年目に入ります。
最初の投稿は、2019年4月17日(北欧語書籍翻訳者の会 新しい活動について|北欧語書籍翻訳者の会)。それ以降、これまでの間、メンバーに変化もありました(私は、後から参加組。最初の投稿は、2020年3月4日の週刊コミック誌にはまった人たち この指と~まれ!|北欧語書籍翻訳者の会でした)が、堅実に会活動は続いています。
そして昨年は、スウェーデン語文学翻訳者セミナーに参加された方たちの中から新たに2名のスウェーデン語翻訳者さん(安達七佳さんと高橋麻里子さん)が仲間に加わられました(全メンバーの情報は、北欧語書籍翻訳者の会 – Group of literary translators from Nordic languages into Japaneseで確認いただけます)。これからもメンバー持ち回りでNOTEへの投稿を続けます。今後とも、書き手それぞれの目線で紹介される、各国の社会・文化事情や文学事情を楽しみにしていただけると幸いです。
なお、NOTEへの投稿方法に少し改定が加えられました。
ひとつは、掲載される文章の文責が執筆者となるため、これまでは文末に記していた書き手の名前を、これからは文頭に示すようにしたことです。併せて、執筆者ごとの過去の投稿内容も確認していただきやすくするために、マガジン機能を活用しました。それを活用して、ぜひ、過去の記事もたどってみてください。書かれたときの日本の、北欧の、世界の状況が自然に感じとっていただけるかと思います。

日本の文学界では、三島由紀夫生誕100年にちなみ今、日本近代文学館で協力企画展が開催中です(協力企画展 三島由紀夫生誕100年祭 - 日本近代文学館)し、また河出書房新社では、『仮面の告白』の初版本を復刻版デザインで出版されるようです(假面の告白 初版本復刻版 :三島 由紀夫|河出書房新社)。
さて、ではフィンランドの文学界ではどのような周年記念が行われるでしょうか。

エジプト人シヌヘ 出版80周年

完訳翻訳者であるセルボ貴子さんが昨年末の記事で、ミカ・ヴァルタリ(Mika Waltari)著の『エジプト人シヌヘ』(Sinuhe egyptiläinen)が出版80周年になることを触れられています(『エジプト人シヌヘ』80周年&「作家と作品の関係性」という命題|北欧語書籍翻訳者の会)が、フィンランドの出版社WSOYでも、2025年3月に記念豪華本(ハードカバー)の出版を予定しています。書名と著者名が黄金色(箔押しなのでしょうか…)という、何とも豪華なものになるようです。

記念豪華本の表紙

ムーミン物語も1冊目の出版から80年

2025年はまた、トーべ・ヤンソン(Tove Jansson)の「ムーミン物語」の第1巻目である『小さなトロールと大きな洪水』(Småtrollen och den stora översvämningen/Muumit ja suuri tuhotulva)が出版されてから80年目に当たります。
ムーミン物語の場合は、キャラクター関連のグッズも多いので、80年記念商品も数多く展開されるようですが、本国フィンランドではこの巻のみの、特別なハードカバー版が出版されています。

書店に並んでいるのは80周年ロゴマークの帯付きです。


また、ヘルシンキ市立美術館HAMでは(2024年11月訪問時に)この記念年に合わせて、ヤンソンの特別展Paratiisiが開催されていました。ヤンソンの学生時代の油絵や自画像作品のほか、企業などから発注された壁面用の絵画に関する資料(下絵)等も数多く展示されていて、ムーミンだけではないヤンソンの一面を垣間見ることが出来て、楽しく素敵な展覧会でした(HAMでの特別展は、2025年4月6日まで)。


特別展入り口もこのボード

日本でも2025年7月16日(水)~9月17日(水)の間、森アーツセンターギャラリー@六本木(東京)を皮切りに、国内各地を巡回する展覧会「トーべとムーミン展~とっておきのものを探しに~」の開催が予定されているようです。

『行こう!野ウサギ』出版50年

2025年は、アルト・パーシリンナ作の、日本語訳も出ている作品の内のひとつ、『行こう!野ウサギ』(めるくまーる社)がフィンランドで出版されてから50年に当たります。
この作品は、本国では映画化されたり舞台化(日本でも舞台化されました)されたりと、パーシリンナの作品の中では群を抜いて人気のある作品で、今年は記念のハードカバー版の出版が予定されていて、その表紙は4候補の中から一般読者の投票で決められたとのことです。

4候補から選ばれた表紙


19世紀末期の、フィンランドの世相やフィンランド人のものの考え方(今も当時もあまり変わらないように思います)、フィンランドの風景や自然、生活への感覚などが軽妙に描かれていて、読み物としてとても楽しめる作品です。
日本語版は絶版ですが、各地の図書館にはきっと収められているはずなので、ぜひ手に取って読んでください。

2024年は『無名戦士』『アンノウンソルジャー』出版70年

フィンランドのクラシック文学で忘れてはならない作家のひとりにヴァイノ・リンナ(Väinö Linna)がいます。
2024年12月は、冬戦争と継続戦争に従軍した兵士たちの戦場での様子を描いた『無名戦士』(Tuntematon sotilas)が出版されてからちょうど70年。フィンランドでは独立記念日(12月6日)に、映画化された『無名戦士』がテレビ放映されることが多いのですが、昨年は出版70年を記念して、継続戦争の戦況を示す資料を加えた特別版が刊行されました。また、フィンランド国会内の施設では12月4日に記念行事が開催されたことを報道記事で知りました。
そして、多くの人たちの大きな関心を呼び、多くの人たちがライブで視聴した『無名戦士』のLukumaraton(リーディングマラソン)。
俳優や作家・著名陣およそ60名が、全16章の作品を読み継ぐというこの催しは、2024年12月5日17時から始まり、翌日12月6日正午頃に終了するという、実に延々20時間にも及ぶプロジェクト(実際にかかった時間は18時間ほど)でした。
トップバッターは、特別版に「はしがき」を寄せたサウリ・ニーニスト大統領(日本式で表現すると前大統領)。更に、2017年のフィンランド独立100周年の年の、三度目の映画化時に参加していた俳優の中から数名も読み手として参加していました。それ以外にもフィンランド映画のファンにその名を知られている俳優も数名参加しています。
動画は、EU圏外でも視聴できます。フィンランド語ですが、興味のある方は、ぜひアーカイブで視聴してみてください。Tuntematon sotilas -lukumaraton | Yle Areena

2024年刊行の特別版(左)と
2017年独立100周年の時に刊行された特別版(右)

他国との国境が海で成り立っている日本に住む私たちは、国境線が陸続きの国々の人たちの感情を理解するのは難しいことと言われていますが、しかし、このような作品を通せば多少なりとも感じとることができるはずなので、いつの日か、この作品が日本語に訳されることを期待しつつ、今回の稿を締めくくりたいと思います。

トップ写真の説明:写真右のSotaromaani(仮邦題『戦争物語』)は、『無名戦士』と改題されて出版される前の原稿のまま出版されたもの(2000年)。

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