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2本のノルウェー映画から見えてくること

今回の執筆者  藤野 玲充
専門分野 映像翻訳(英日)

「北欧の映画をよく観る」と言うと、北欧映画の特徴は何かと聞かれることがある。例えばフランスなら気だるい感じ、インドなら歌い踊るといった類の回答を求められているのだろうが、『北欧といっても5ヶ国あるし、監督やジャンルにもよるし、そもそも国でひとくくりにできるようなものでもない。それにその他の国の映画にも通じていないと比較して語れないし……』などと考え始めてしまってうまく答えられず、もごもごと最近観た(あるいはお気に入りの)作品の話をして茶を濁すのであった。

とはいえ、もちろんざっくりとしたイメージがないわけではない。まず、セリフや音響が少なく、静かであるということ。説明も最小限である作品が多い。北欧は「ほっこり」「幸福度が高い」という印象が強い(日本版ポスターもその方向に寄りがち)が、映画では社会問題や人間の弱さを描いていたり、「ダーク」「重い」と言われる面がある。さりげなく映し出される景色や建物、家具や照明がとてもよいこと。10月に観た2本のノルウェー映画は、まさにその王道のような作品だった。

一本目の『ヒューマン・ポジション』は、ノルウェーの港町オーレスンで地方新聞社の記者として働くアスタが主人公だ。病気療養の期間を経て復帰したアスタは、ふと目にした記事をきっかけに、難民のアスランが強制送還された事件について調べ始める。

季節は夏だけど、ずっと白っぽい薄曇りの空が続く。主人公や周囲の人たちがセーターやジャケットを着ているので、季節が移行したのかと勘違いしそうになるが、舞台は北欧である。明け方のまだ早い時間帯でも空が明るい。

作中で、主人公とそのパートナーが一緒に日本文化を楽しむ日がある。柔道着と着物を着て、和食を食べ、囲碁を打ち、日本映画(小津安二郎の『お茶漬けの味』)を観る。少々オリエンタリズム的でむずがゆいような気分になるが、近年の北欧映画、それも複数の作品で小児性愛や売春といったような負のイメージ(またそれがふとしたセリフで出てくるのでダメージが大きい)で日本が捉えられているのを見ていたので、まだこちらのほうが受け入れられる。お恥ずかしながら私は『お茶漬けの味』は未見なのだが、生まれや気質の違いゆえにすれ違う夫婦の話ということで、この作品の選択も示唆的と思う。

北欧の映画の特徴として、結末が明確で分かりやすいハッピーエンドではないことも多いと言えるかもしれない。この作品も、万事解決してすっきり!といった気分にはならないが、そっと寄り添ってくれるような温かみのあるラストである。椅子がストーリーのカギとなっていて、いくつものデザインチェアが出てくるので、北欧の家具好きの人にもおすすめの作品。

もう一本は『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』で、こちらはオルデダーレンというノルウェー西部の渓谷に暮らす老夫婦と四季を綴ったドキュメンタリー映画だ。フィヨルドや氷河をドローンで撮影した迫力のある映像に目を奪われる。

マルグレート・オリン監督の両親である老夫婦の、慎ましやかながらも豊かな暮らしを映しているが、生活そのものというより「歴史」や「自然との共存」と言ったほうがしっくりくる気がする。そして、お父さんがとにかく歩く、歩く、歩く。生まれつき足が曲がっていたためギプスで矯正して歩けるようになったそうだが、そんなことを微塵も感じさせないくらい、険しい道でも黙々と、しっかりとした足つきで歩いていく。

はじめに「音響が少ない」という点を挙げたが、この作品に関して言えば、ものすごく音に凝っている。湖や氷河で採取した音、フィールド・レコーディングを元にしてオーケストラの楽曲を作ったそうだ。だから静寂の中で聞こえる優しい自然の音のように、スクリーンに映し出される壮大な景色と見事に融和しているのだろう。

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劇場公開からだいぶ時間は経っているものの、『ヒューマン・ポジション』も『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』も、地域によってはまだまだ上映予定があるようなのでぜひチェックしてみてください!

(文責:藤野玲充)

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