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『フーさん』シリーズと作者ハンヌ・マケラ氏のこと

今年も暑い夏になっております。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今回は、私、上山美保子(うえやまみほこ・フィンランド語⇒日本語翻訳)の初めての翻訳出版となった児童書シリーズ『フーさん』(国書刊行会)と原作者ハンヌ・マケラ氏(1943-)についてご紹介します。夏休み時期でもありますので、この記事をきっかけに『フーさん』シリーズを手にしていただけると嬉しいです。

『フーさん』との出会い


日本語版の『フーさん』シリーズが出版されたのは、2007年から2008年にかけてのことでした。本国フィンランドで1作目が出版されたのが1973年のことなので、本国での出版から約35年の時を経て日本語版が出たことになります。
私が『フーさん』シリーズに初めて出合ったのは、大学の卒論テーマを探していたとき(1989年)のこと。その当時はまだ、後に拙訳で日本語訳を出すことできることになった3冊が出版されているだけでした。まず惹かれたのはそのタイトル『Herra Huu』。日本語にするならどうすればよいのだろう、と考えました。ちなみに、英語版のタイトルは、”Mr.Boo”。タイトルと同時に惹かれたのが作者自身が描く『フーさん』の表紙絵。物語に添えられている挿絵もすべて作者自身によるものですが、『フーさん』の姿が作者の姿に重なり、しかも他の挿絵も味があるものばかり。つまり、ジャケットにも惹かれたわけです。

左端がリンマちゃん 
右下がビールバラ提督

『フーさん』に会う

原著を読むだけでなく、関連資料をあれこれかき集める中で、この作品はロシア語圏や英語圏に翻訳出版されていること、フィンランドでは、舞台化までされていたことも知りました。児童書として出ているものなので、子どもに受け入れられなければ舞台化までは難しいだろうと考えましたが、漠然とではありますが、日本語で読みなれていた児童書作品と違うところがあるように感じ、そこがまた私には魅力的に感じられるところでした。まず、主人公のフーさん。自分は子どもたちを脅かすことが仕事だという変なおじさんであること。お友だちになったリンマをはじめとする子どもたちがかなりのしっかりものであること。さらには住環境の変化や自然破壊がテーマになったお話も入っていること。辛い出来事(恋人と生き別れてしまった、ビールバラ提督のお話)もためらいなくつづられていること。そして、何よりフーさんはいつもどこかしら頼りなく、くよくよしていて、でも、いつもいろんなことを考えて(想像力が豊かすぎるところもあり)、普通では考えられないことが起こっていること、等々。体裁としては児童書だけれど、本当に児童書なのだろうか…と、感じたのです。

この作品と巡り合った当時、一般的な通信手段は電話と手紙でしたが、縁あって作者のハンヌ・マケラ氏に直接お目にかかる機会をいただき、ご自宅に伺って『フーさん』誕生秘話などを聞かせていただきました。もともと学校の先生の資格を持ち、出版社に勤め、文学全集などを編む仕事をしながら執筆活動を行い作品をを発表。詩人・小説家デビューを果たし、フリーランスの作家として活動を開始しました。小学生のお子さんとそのお友だちを一人で世話していたときに語って聞かせたお話が『フーさん』の原型だそう。子どもたちがお話に集中するよう臨場感たっぷりに語ったそうです。そんな語り聞かせの物語があることを伝え聞いた出版社から出版の話を持ちかけられたとか。そんなお話が溜まってできた『フーさん』シリーズが三冊。こんなお話を面白がってくださった国書刊行会の編集者さんのおかげて日本語訳をお届けすることができました。

実は、マケラ氏のテキストのリズムには少し癖があります。その癖のあるリズムは主に言葉の並び方から来ているものですが、奇想天外なお話だけでなく、リズムの面白さがフィンランドの子どもたちに受け入れられたのだと思います。私にもテキストのリズムは面白く、翻訳中はこのリズム感はどうすれば表現できるかを試行錯誤しましたが、読んでいて心地よいということは、自分が普段書く文体、リズムが比較的近いからなのだろうと思い至り、いつの間にかあまり深刻に考えずに日本語に置き換える作業をしていました。

その後の『フーさん』

『フーさん』は、1970年代に3冊されたまま、その後の刊行はなく、そのまま終了したかのように思われましたが、20年の時を経た1994年になって”Herra Huu matkoilla" (仮邦題『フーさん旅行中』)が刊行されました(4冊目)。この新作の発表を知ったとき、1970年代の読者が親世代になって、新たな『フーさん』の読者ができていることに嬉しくなったものです。そして、日本語版が出るというお知らせをした2006年には、シリーズ6冊目となる”Herra Huu, rouva Huu ja vauva Huu" (仮邦題『フーさん、フー奥さんと赤ちゃんフー』)が出て、マケラ氏の人生の大転換が『フーさん』シリーズの新作が出るきっかけになっていることに気づきました。この本では、あの『フーさん』が結婚して子どももでき、日々どんな生活をしているのかを描いた1冊なのですが、この本が出る数年前にマケラ氏は再婚。7歳の子どものいる生活を送っている頃だったのです。

『フーさん』シリーズ全7冊の未邦訳作品一覧
Herra Huu matkoilla 1994年刊
(仮邦題『フーさん旅行中』)
Herra Huu hoitaa puutarhaa  2000年刊
(仮邦題『フーさん庭づくりをする』)
Herra Huu, rouva Huu ja vauva Huu 2006年刊
(仮邦題『フーさん、フー奥さんと赤ちゃんフー』)
Herra Huu pitää ravintolaa  2011年刊
(仮邦題『フーさんレストランを経営する』)
Herra Huu ja Unen valtakunta 2020年刊
(仮邦題『フーさんと夢の国』)

魅力的な児童書いろいろ

木の種が芽吹くことができる場所をさがすお話し(上)
幸せ探しに行く女の子のお話し(左)
両親の離婚で孤独な少女が
庭の雪だるまに勇気をもらって春が来る頃にお友だちができるお話し(右)

ハンヌ・マケラ氏は多作で、イラストレーターと組んだ児童書・絵本も多く送り出しています。数ある児童書の中で私が特に心惹かれる作品は、自分探しをするような作品。孤独を感じている主人公が語り合える誰かと出会い、もっと他の人と交流する勇気をもらい新しい一歩を踏み出す物語です。このテーマは、実は『フーさん』にも通ずるものがあります。そして、物語に通奏低音のように流れているのが季節の移り変わりです。私は、変わるということは、時間も必要だよね、時間が経過するから変わることができるんだよね、というメッセージとして受け取っています。

坂井玲子さんの訳で日本語版にもなっている
『ぼくはちびパンダ』(徳間書店)の原書

フィンランド文学の至宝を小説に

作家は誰しも言葉に敏感な人たちだと思いますが、ハンヌ・マケラ氏は言葉に敏感なだけでなく、人、そして、その生き様にも深淵なる興味を抱き、取材を重ね一つの作品に仕上げ世に送り出している作家だと感じています。評伝的小説の代表作はフィンランドの国民的詩人エイノ・レイノ(Eino Leino 1878-1926)を描いた"Mestari" (仮邦題『巨匠』)で、この作品でフィンランディア文学賞を受賞しています(1995年)。また、フィンランドで初めてフィンランド語で文学作品を世に送り出したアレクシス・キヴィ(Aleksis Kivi 1834-1872。代表作は『七人の兄弟』) のことも、厳しい経済環境と生活環境で人生の幕を下ろさなければならなかった失意の日々の感情を描き出し”Kivi”(『キヴィ』)という作品になりました。

アレクシス・キヴィが最期を過ごした病院の部屋の窓からの風景(右)

実は、マケラ氏には、この二人のほかに、もう一人、大切だと考えているフィンランドの詩人がいます。L. Onerva(L.オネルヴァ 1882-1972)です。オネルヴァは、エイノ・レイノと恋仲になりましたが、エイノ・レイノの仲立ちで作曲家レーヴィ・マデトヤ(Leevi Madetoja 1887-1947)と結婚。彼女の描く詩はもっと評価されるべき人物、というのがマケラ氏の持論でオネルヴァの書き残した詩や生き様を元にした小説も発表しています。フィンランドの文化人を題材とした作品が日本語に訳されることは残念ながらないと思いますが、マケラ氏の作品群の中には、あのカサノヴァ(イタリア人ジャコモ・カサノヴァ1725-1798)やチェブラーシカの原作者エドゥアルド・ウスペンスキー(1937-2018)を描いた作品もあることもご紹介しておきましょう。

表紙は本の顔なので必ずモチーフは自分で選ぶそう。

(文責・上山 美保子)

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