北欧発の脳科学本が続々と
ここ数年、スウェーデンでは脳科学が大流行しています。なぜかというと(私見ですが)、まず第一にストレスで燃え尽き、うつなどの精神的不健康が激増していること。特にデジタル系はその弊害がやっと部分的に分かってきた状態で、よく知りたいと思うのは当然の心理でしょう。
「科学」がこれだけ注目を集めるもう1つの理由は、コロナ禍にもあると思います。感情的な意見や噂が飛び交うなか、公衆衛生局の主席疫学官(当時)アンデシュ・テグネルが、どれほど国内外から批判を浴びても科学的根拠に基づいた姿勢を崩さなかったのを見て、多くのスウェーデン人が「これぞあるべき姿!」と改めて心に誓ったように思います。それ以来、以前に増してKällkritik(ファクトチェック、メディアリテラシー)が教育現場で重要視されているし、科学的根拠に基づかない意見はそれだけで批判される風潮があります。
コロナの少し前から、精神科医アンデシュ・ハンセンがメンタル不調の原因や改善アドバイスというまさに皆が興味のあるテーマの著書を出し一般の人々にも知識が広がりました。(日本では『スマホ脳』が有名ですが、スウェーデンでは『運動脳』『ストレス脳』も大人気です)
ちなみに『スマホ脳』を子供向けにした『脱スマホ脳かんたんマニュアル』もありますので、ご家庭や学校などでぜひご活用ください。スウェーデンでは学校を通じて希望したクラスには無料に配られたほど、重要視されている本です。
ハンセン先生はさらに、テレビの脳科学番組の企画・脚本・司会をしていて、著書は読んだことがなくてもこの番組を欠かさず観ているという人も多いのです。番組は世界中からアプリで観られるようなので、リンクを貼っておきます。
スウェーデン語の番組ですが、海外での英語インタビューもあり、日本で訳書のある『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリや『ドーパミン中毒』のアンナ・レンブケなども登場しますので、ご興味のある方はぜひどうぞ。
北欧にはもちろんハンセン先生以外にも脳科学の本を書いている研究者やメンタルコーチの方がたくさんいて、世間の関心の高さがうかがえます。この北欧書籍翻訳者の会のメンバーが訳した北欧からの脳科学本を紹介しておきます。
中村冬美さん・羽根由さん訳の『海馬を求めて潜水を』(ノルウェー)
中村冬美さん訳の『予測脳』(スウェーデン)
枇谷玲子さんが出版社を立ち上げてまで出した『デジタルおしゃぶりを外せない子どもたち』(デンマーク)
羽根由さん、枇谷玲子さん訳の『「人間とは何か」はすべて脳が教えてくれる』(ノルウェー)
さて、ここでもう1冊紹介させていただきたいのが、6月に刊行された訳書『デザインフルネス』です。デザインやアート、インテリアを得意とするフィルムアート社が目をつけた作品だけあって、スウェーデン発「デザインと脳科学」の本になっています。
著者はニューロ(神経)デザインの分野で世界をリードするイサベル・シェーヴァル。北欧といえば昔から「デザイン」でも注目されてきたので、こうやってデザインと脳科学が融合するのは必然的な運命のような気がします。
日本では「ほっこり素敵な北欧」に憧れる方がたくさんいらっしゃいますが、なんとそういう北欧的ミィーシグな要素にもちゃんと脳科学的な根拠があるんです! なので「ああ、また北欧北欧言ってる」という批判にはめげず、自分の脳が心地良い要素に惹かれていることに自信を持ち、ぜひ北欧好きを貫いてください(笑)。
本書では他にも、どんなデザインや他要素を採り入れれば、「リラックスできる自宅」「集中力の上がるオフィス」「回復の早まる医療機関」を実現できるかが示されています。デザインだけなく、色、音、匂い、温度などの面からも分析されているので、あなたにとって最適な空間づくりができるはず。昔から人間が直感的に「いいな」と思ってきたことが科学的にも正しかったことが次々と示され、「おお~そうだったのか!」というつぶやきが連発されることをお約束します。
文責:久山葉子
1975年生。神戸女学院大学文学部英文学科卒。2010年よりスウェーデン在住。著書に『スウェーデンの保育園に待機児童はいない』(東京創元社)。訳書に『影のない四十日間』(オリヴィエ・トリュック)、『こどもサピエンス史』(ベングト=エリック・エングホルム著、NHK出版)、『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』(フィルムアート社)、『許されざる者』(レイフ・GW・ペーション著、創元推理文庫)、『スマホ脳』『最強脳』『ストレス脳』(アンデシュ・ハンセン著、新潮新書)、『北欧式インテリア・スタイリングの法則』(共訳、フリーダ・ラムステッド著、フィルムアート社)など。