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【短編小説】妄想女子飯 第五話 「三軒茶屋 〜NATIVO〜」

師走に入り、今年もいよいよ終わりを迎えようとしている。

すっかり冷たくなった風をマフラーとニット帽の隙間で感じながら、忘年会の帰り道を歩く。

雪こそ降ってはいないが、吐く息は白い。

毎年この時期になると、街中はイルミネーションで浮き足立ち、年末の忙殺感に苛まれているサラリーマン達がヘパリーゼを片手に居酒屋を梯子している。

これが日本の12月の風物詩と言っても過言ではないだろう。
そんな賑やかな街の雰囲気も、嫌いではない。

今でこそ私もマシになったが、新入社員の時代はよく朝方まで先輩たちにくっついて飲みにいっていた。
お酒が抜けていなくても、這いつくばって朝必死に会社に行っていたっけ。

そんな状態でも良しとしてくれていた会社が寛容なのか、そもそもそんなになるまで飲み続ける社員がいけないのか……。

そんなことを考えて家路についていると、ふと、おしゃれなレストランが視界に入ってきた。

「こんなところにレストランなんてあったっけ?」

普段あまり通らない道だからか、全く存在を知らなかった。
店の名前を調べるために看板を探してみるも、目立ったものはない。

ポケットからスマホを取り出し、手袋を外す。
Google Mapを見てみると、目の前の場所は「NATIVO」と表示されていた。

ちょうど仲良しの同期たちとの新年会の会場を探していたところだったので、ここに行ってみようかな。
その前にまずは自分で行ってみたいので、翌日早々、予約の電話を入れた。

同期達に店の情報を送ったところ、どうやらかなりの人気店らしい。
指定した日にちが偶然空いていてラッキーだった。

予約日、当日。
しっかり腹を空かせて、準備は万端。

入り口がとても分かりづらかったが、入ってみると店はとても洒落た造りで、昔の洋館とモダンが程よくミックスされている。

テーブル席はどこも満席で、女子会をしているマダムたちもいる。きっと近所に住んでいる方達なのだろう。

一人なのでカウンターに通され、メニューを受け取った。
事前に定番メニューを調べていたので、メニューを一目した後にすぐに注文をお願いした。

「美智、何を頼んだの?」
声の主を見ると、ブロンドの少しうねった髪をぎりぎりのところで耳にかけている男性の姿。
イタリア人の父と日本人の母を持つ彼は、ダヴィという名らしい。

「料理がきてからのお楽しみだよ」と答えつつ、早速運ばれてきた白ワインでダヴィと乾杯する。

「サルーテ!」

フランスの乾杯の挨拶『サンテ』もそうだが、イタリアの『サルーテ』も健康を表す単語なのだそう。

お酒を美味しく飲める健康状態を祝福しながら、素敵な仲間達と乾杯できる日常。
ああ、なんて素敵なのだろう……。

そんなことを考えていたら、最初の料理が運ばれてきた。
第一の皿は、『ピエモンテ風玉ねぎのオーブン焼き』だ。

皮付きの玉ねぎの中身をくり抜いたところにピューレ、そしてパルミジャーノをかけて、オーブンでじっくりじっくり火を入れた一品。
玉ねぎの上には白いふわふわの泡のソースがかかっていて、イタリアでよく使われるセモリナ粉とミルクのエスプーマだそう。

泡がなくならないうちに、早速いただく。
玉ねぎを焦がすことで生まれるコクと甘み、さらにチーズの深いコクとのマリアージュがたまらない。そして最後に、ミルクの優しい甘さが口のバランスを整えてくれる。

「ピエモンテは、山の麓という意味なんだよ。玉ねぎのオーブン焼きは、ピエモンテの郷土料理なんだ」
隣でダヴィが教えてくれる。

「僕の生まれはピエモンテではないけれど、料理の修行をしているときにいろんな街を巡ったんだ。僕のルーツは北イタリアのボローニャだから、ピエモンテは近いしよく訪れたよ」
そう話す彼は、料理人なのだろう。
一見華奢に見えるが、腕周りの筋肉がしっかりしており、所々火傷の跡も残っている。その数は、料理人の勲章だ。

続いて、第二の皿『レモンパスタ』が運ばれてきた。
綺麗な黄色いソースに細麺のスパゲッティ、その上には山盛りのツナが鎮座している。

思わず感嘆の声が漏れてしまった。

「レモンはイタリアのアマルフィ地方が有名だよね。南寄りの地方は治安が良くないからかあまり日本人は旅行に行きたがらないけど、絶景スポットや美味しいもので溢れているんだよ!」

そうなのだ。ナポリより南の地方は、どうも女子一人では行きづらい雰囲気がある。
でも、美味しいもので溢れていることもよく知っている。

「それなら、今度僕が南イタリアの美味しいものを案内する旅をしよう!」
なんて素敵な提案をしてくれるのだろう。
そんなの、二つ返事に決まっているではないか。

そんなことを考えつつ、パスタをいただく。
レモンの爽やかな風味と苦味、ツナのコクが口の中いっぱいに広がる。

スパゲッティが細いからこそ、レモンの繊細さとツナとのバランスに均衡が取れているのだろう。
シンプルながらも、旨いと唸ってしまう。そんな味付けだ。

「イタリアの料理は、とってもシンプルな味付けが基本だよ。日本人はパスタにたくさん具材を入れたがるけど、イタリアでは非常にシンプルなものが多いんだ」と熱心に語るダヴィ。

必死な彼を横目に、ペロリと平らげてしまった。
本来は続いてメインのお肉、この店のスペシャリテである『赤鶏のバターチキン』をいただいたいところだが、流石に一人では胃のキャパシティ的に無理がある。

隣のカップルの目の前に運ばれてきたそれをうらめしそうに眺めながら、デザートを頼もうと気持ちを切り替えた。

「すみません、デザートにフォンダンカカオを追加でお願いします」
店員に伝え、しばし待つ。

ダヴィは甘いものが苦手らしく、デザートを積極的に作ることはしてこなかったそうだ。
「でもね、甘いものを食べて幸せ〜ってなっているレディの姿を見るのは好きだよ」と頬杖をつきながら囁いてくる。

これでは、デザートを食べる前に、甘あまでお腹いっぱいになってしまいそうだ。
どうしてこんなにも、息を吐くように甘い言葉を囁けるのだろうか。

つくづく自分の無意識な願望に嫌気がさす……。

「お待たせしました、フォンダンカカオです」
茶色の美しい皿が、目の前にコトンっと置かれる。

美しいクープで皿に盛られたチョコレートアイスクリームの上に、カカオマスのパウダーがこれでもかと降りかかっている。

茶色の台座の上に寝そべるアイスクリームが美しすぎて、ここでもほうっとため息をついてしまう。

コーヒーを頼みつつ、アイスクリームにスプーンを這わせる。
一度口に入れると、濃厚なカカオのコクと苦味、優しい甘味、ミルクのなめらかさのオンパレード。

なんて凝縮された味なのだろう。
コーヒーを飲みたい気持ちと、もう少しだけこのままカカオの旨味を味わっていたい衝動とが葛藤する。

その様子を見て、とても嬉しそうな顔をする彼。

ああ、私は今、幸せだ。

最後のひと掬いを食べ終え、コーヒーで締める。
こんな素敵なお店、きっと私の同期達も感動しっぱなしだろうな。

次に来るときは、メインも含めてもっと色々な皿を食べられるななどと考えながら、最後まで賑わっている店を後にした。


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みろにー
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