介護現場の感染症予防完全マニュアル:5つの章で築く安全・安心ケア ④
第4章】実際の感染発生時における対応手順 ~迅速・的確な対応で感染拡大を防ぐ~
感染症が施設内で疑われるケースや実際に発生した場合、迅速かつ的確な対応が感染拡大防止の鍵となります。本章では、感染疑い発生時の初動対応から、ゾーニング(区域分け)と動線管理、情報共有・記録の徹底、そして家族や外部機関との連携方法まで、具体的な手順と実践的なヒントを詳細に解説します。
4-1. 感染疑い発生時の初動対応フロー
(1)感染症が疑われるサインを見逃さない
観察ポイント:
利用者様の微熱(37.5℃以上)、咳、喉の痛み、倦怠感、下痢・嘔吐などの症状。
突然の体調変化や普段と異なる行動パターン。
初期対応:
即時報告: 症状を確認したスタッフは、速やかに看護責任者または管理者に口頭および書面で報告。
バイタルチェック: 発熱やその他の症状が見られた場合、直ちに体温・血圧・脈拍・呼吸数を測定し、記録。
(2)即時報告と指揮系統の確認
指揮系統の明確化:
緊急連絡フロー:
現場スタッフ → 看護責任者 → 施設長 → 事務局 → 外部機関(保健所、医療機関)
連絡手段: 電話、内線、メール、チャットツールなど複数の方法を用意。
指揮チームの設定:
緊急対応チーム: 施設長、看護責任者、感染対策責任者、事務担当者などで構成。
役割分担: 各メンバーの役割と責任を明確にし、緊急時の意思決定プロセスを定める。
(3)感染疑い利用者様への対応
隔離措置:
個室への移動: 可能な限り利用者様を個室に移動し、他の利用者様やスタッフとの接触を最小限に。
感染エリアの設定: 感染疑い者専用のエリアを設け、専用の備品や物品を使用。
PPEの着用:
必須アイテム: マスク、手袋、エプロン、フェイスシールド(必要に応じて)。
正しい着用・脱着: PPEの着用・脱着手順を徹底し、汚染のリスクを最小限に。
バイタルチェックと観察:
定期的に体温・血圧・脈拍・呼吸数を測定し、症状の変化を記録。
状態が悪化した場合は、速やかに医療機関と連携。
4-2. ゾーニングと動線管理
(1)ゾーニングの基本原則
ゾーンの分類:
清潔区域(クリーンエリア): 感染の疑いがない利用者様が過ごすエリア。スタッフの休憩室、一般居室など。
汚染区域(コンタミネーションエリア): 感染疑いがある利用者様が滞在するエリア。専用の居室や隔離室。
中間区域(トランジションエリア): PPEの着脱や物品の受け渡しを行うエリア。
ゾーニングの実施方法:
物理的な区切り: パーティションや仕切りを使用してエリアを明確に分ける。
表示サイン: 各ゾーンの入口に「清潔区域」「汚染区域」「中間区域」と明示した看板を掲示。
(2)動線(スタッフ・物品移動経路)の工夫
スタッフの動線管理:
専用スタッフの配置: 汚染区域専用のスタッフと清潔区域専用のスタッフを分け、交差汚染を防ぐ。
専用通路の設定: 清潔区域から汚染区域への移動は専用通路を使用し、他のエリアとの交差を避ける。
物品の受け渡し方法:
物品移動のルール: 清潔区域から汚染区域への物品受け渡しは中間区域を経由。
専用物品の使用: 汚染区域専用の物品や備品を用意し、他エリアと分けて管理。
清掃動線の確立:
清掃スタッフの動線: 清掃スタッフは清潔区域と汚染区域の動線を分け、専用の清掃道具を使用。
清掃頻度の設定: 共用部分やトランジションエリアは1日に数回清掃・消毒を実施。
4-3. 情報共有と記録の徹底による拡大防止
(1)申し送りと定時報告
申し送りの実施:
朝礼・終礼: 毎日の朝礼や終礼で、感染状況や対応状況を共有。
シフト交代時の報告: シフト交代時に前シフトからの感染状況や注意事項を必ず報告。
情報共有ツールの活用:
デジタルツール: 電子カルテやチャットツール(例:LINEグループ、Slack)を活用してリアルタイムに情報共有。
掲示板: 共用スペースに最新情報を掲示し、全スタッフが常に確認できるようにする。
(2)記録の標準化
記録項目の明確化:
利用者様の症状、対応日時、対応内容、PPE使用状況、清掃・消毒記録などを統一フォーマットで記録。
統一フォーマットの作成:
紙ベース: 簡潔な記録シートを作成し、常にスタッフがアクセスできる場所に配置。
デジタルベース: 電子カルテシステムに記録項目を追加し、誰でも簡単に入力・閲覧できるようにする。
記録の重要性:
追跡可能性: 感染症の発生源や拡散経路を追跡し、迅速な対応を可能にする。
改善策の検討: 記録データを分析し、今後の対策に活かすためのフィードバックループを確立。
(3)反省点・改善点の蓄積
終息後の振り返り会議:
発生事例を振り返り、何がうまくいったか、どこに改善の余地があるかをチームで共有。
改善策の実施:
振り返りで浮かび上がった課題を基に、BCPや研修資料を更新。
新たな知見や教訓を取り入れ、次回の対応に活かす。
継続的なアップデート:
新しい感染症情報やガイドラインの変更に応じて、記録フォーマットや対応手順を随時見直し。
4-4. 家族・関係機関への的確な説明・連携方法
(1)家族への対応
初動連絡:
迅速な報告: 感染が疑われる場合、速やかに利用者様のご家族へ連絡し、状況と対応策を説明。
透明性の確保: 不安を抱えやすいご家族に対し、正確で誠実な情報提供を心掛ける。
継続報告:
定期的なアップデート: 状況の変化や施設の対応状況を定期的に報告(例:1日おき、必要に応じて)。
質問窓口の設置: 家族からの問い合わせに迅速に対応できる窓口を明示(担当スタッフ名、連絡方法)。
安心感の提供:
具体的な対策の説明: 施設が取っている具体的な感染対策や利用者様の安全確保方法を詳しく説明。
心理的サポート: 家族の不安を軽減するためのサポート体制(相談窓口、カウンセリングサービスなど)を紹介。
(2)外部医療機関・保健所・行政との連携
連絡先・手順整備:
緊急連絡先リスト: 保健所、提携医療機関、緊急時の対応窓口の連絡先一覧を作成し、全スタッフがアクセスできる場所に掲示。
連絡手順の明文化: 感染疑い発生時にどのように連絡を取るか、具体的な手順をマニュアル化。
検査・搬送の手配:
検査手配: 必要に応じて迅速にPCR検査やインフルエンザ検査を手配。
搬送準備: 重症化が疑われる場合は、速やかに救急搬送の手配を行い、協定を結んでいる医療機関への連絡方法を確認。
協力体制の構築:
定期的な情報交換: 保健所や医療機関との定期的なミーティングを設け、最新の感染症情報や対策を共有。
専門家の活用: 感染管理の専門家を招いた研修やアドバイスを受け、施設の対策を強化。
(3)近隣施設や他機関への情報共有(必要に応じて)
情報共有の実施:
近隣施設との連携: 感染状況を共有し、物資やスタッフの協力体制を構築。
地域コミュニティとの協力: 地域のボランティア団体や自治会と連携し、緊急時の物資配送やサポートを迅速に行えるようにする。
共同対応の準備:
共同訓練の実施: 近隣施設と共同で感染症対応の訓練を行い、連携の精度を高める。
情報交換プラットフォームの確立: 定期的な情報交換のためのオンラインプラットフォームやコミュニケーションツールを設定。
ケーススタディ:短時間演習例(研修用)
研修中に実施するケーススタディは、スタッフが実際の状況を想定して対応方法を練習することで、実践力を高める効果があります。以下に具体的な演習例を紹介します。
(演習例)
シナリオ: 夜勤中、利用者X様が突然38.5℃の発熱と嘔吐症状を呈し、ノロウイルスが疑われる。常勤看護師は翌朝まで欠勤の予定。
問いかけ:
最初の対応:
誰に報告し、どのような情報を共有するか?
隔離措置:
X様をどのエリアに移動させるか、必要なPPEは何か?
物品処理:
嘔吐物の処理方法と消毒手順は?
情報共有:
施設内の他スタッフへの情報共有方法は?
家族連絡:
X様のご家族への連絡タイミングと内容は?
解決例の共有:
各グループで話し合い、解決策を発表。
施設独自のマニュアルやBCPに基づいた正解を共有し、実際の対応手順を確認。
4-5. 注意点と継続的改善
(1)冷静な判断・チームプレイを重視
冷静な対応:
パニックを避け、計画された手順に従って対応。
スタッフ間で役割分担を明確にし、混乱を防ぐ。
チームプレイの重要性:
各スタッフが自分の役割を理解し、協力して対応。
コミュニケーションを密にし、情報共有を徹底。
(2)スタッフケアの重要性
精神的サポート:
感染エリア担当スタッフへの心理的サポートを提供。
ストレス管理やメンタルヘルスケアのための相談窓口を設置。
身体的負担の軽減:
短時間交代制や適切な休憩を確保し、過労を防ぐ。
必要なPPEの提供や身体的保護を徹底。
(3)終息後の振り返りが次回に活きる
振り返り会議の実施:
感染症が終息した後、振り返り会議を開催し、対応の評価と改善点を議論。
改善策の実施:
振り返りで浮かび上がった課題を基に、BCPや研修資料を更新。
新たな知見や教訓を取り入れ、次回の対応に活かす。
継続的なアップデート:
法規制の変更や新しい感染症情報を随時取り入れ、計画を最新の状態に保つ。
定期的な研修や情報共有を通じて、スタッフの知識と対応力を向上。
4章まとめ
感染症発生時の対応は、「事前準備(BCPや研修)」「初動対応の迅速性」「情報共有の正確性」「ゾーニング・動線管理の徹底」「家族・外部機関との冷静な連携」によって、その効果が大きく左右されます。本章で紹介した具体的な手順や実践的なヒントを平時から準備し、スタッフ全員が理解・共有することで、万一の際にも落ち着いて対応できる体制を整えることが可能です。
次章では、ケーススタディやロールプレイを活用したチームワーク強化策を詳しく取り上げ、研修を通じて現場対応力を高める方法を解説します。
ケーススタディ:短時間演習例(研修用)解答例
1. 最初の対応
報告先: 看護責任者または代理の管理者に即座に報告。
共有情報: 利用者X様の体温(38.5℃)、嘔吐の頻度と時間、既往歴、現在の対応状況(手指衛生の実施、PPEの使用状況)、スタッフの健康状態。
2. 隔離措置
移動先: 感染疑い者専用の隔離室。
必要なPPE: マスク(サージカルまたはN95)、手袋、使い捨てエプロン、フェイスシールド。
3. 物品処理
処理方法: 嘔吐物は使い捨てペーパータオルで丁寧に拭き取り、密閉可能なゴミ袋に入れて廃棄。
消毒手順: 次亜塩素酸ナトリウム(0.1~0.5%)を使用し、拭き取った後、該当箇所を十分に消毒し乾燥させる。
4. 情報共有
方法: チャットツールと電子カルテに状況を共有し、掲示板にも最新情報を掲示。
内容: X様の状態、実施した対策、今後の対応予定。
5. 家族連絡
タイミング: 初動時に速やかに連絡。
内容: 現状の症状と対応状況、施設の感染症対策、今後の経過観察について説明。
連絡方法: 電話を基本とし、必要に応じてメールや書面での連絡も行う。