介護現場の感染症予防完全マニュアル:5つの章で築く安全・安心ケア ③
【第3章】BCP(事業継続計画)の基本と構築
介護施設が感染症拡大時にも、利用者様へのケアを中断せず安全・安心な環境を維持するためには、平時から事業継続計画(BCP: Business Continuity Plan)の策定が欠かせません。BCPは「いざというとき」に混乱を招かないための地図であり、計画的な準備が現場スタッフの不安軽減、利用者様の命と生活の確保につながります。
3-1. BCPとは何か:介護現場での必要性
(1)BCPの定義と目的
BCPの定義: 非常時(感染症流行、災害、システム障害など)においても、事業活動の重要部分を継続または早期復旧するための事前策定された計画。
目的:
利用者様へのケアを途切れさせない
スタッフ・家族・地域社会への混乱を最小化
信頼と安全性を維持し、長期的な経営・運営基盤を支える
(2)介護現場特有の視点
利用者様は移動困難・自力避難困難な方が多く、施設がストップすると生活や健康被害が深刻化する。
スタッフ不足や物資不足が起きやすく、代替要員確保や衛生資材の調達計画が重要。
外部連携(医療機関、行政、ボランティア、他の福祉施設)を通じた柔軟な対応が求められる。
3-2. 感染症拡大時の業務継続シナリオづくり
BCP策定の第一歩は、どのような感染シナリオが想定されるかを洗い出し、それぞれに応じた対処法を準備することです。
(1)想定シナリオ例
スタッフ不足シナリオ:
複数のスタッフが感染、濃厚接触者となり出勤停止
最小限の人数で回さなければならない緊急事態
物資不足シナリオ:
マスク・手袋・消毒液などが枯渇、納品遅れや供給停止
短期・中期的な対応策や代替品確保の必要性
利用者様多数発症シナリオ:
一部フロアでクラスター発生、隔離・ゾーニング強化が必要
増える観察・ケア需要に対応するための業務分担見直し
(2)シナリオ別対策案出しの手順
シナリオごとに「最低限守るべきサービスは何か」を明確化
(例:食事・排泄・服薬介助は必須だが、レクリエーションは一時的に中止可能)必要となるスタッフ人数・スキル要件を設定
物資在庫の使用優先度(どの業務を優先すべきか)を決定
外部支援先への連絡ルート確保
3-3. 人員配置・物資確保・外部連携の計画策定
BCP策定では、「誰が何をどのように行うのか」という具体策を明文化し、全スタッフが理解できるようにします。
(1)人員配置計画
代替要員リストアップ:
非常時に呼び戻せるパートスタッフ、OB・OG、派遣会社と連携可能か
研修資料を事前に共有し、臨時スタッフでもすぐに働ける環境構築
業務の優先順位設定:
最低限維持すべきケア業務(ADL介助、投薬管理)を優先度高、レクリエーションや広範な掃除は優先度低
業務切り分けでコア業務に集中できる体制を用意
(2)物資確保計画
在庫基準と補充ルール:
マスク・消毒液・手袋など、1週間分・1か月分など目安を設定し、在庫が一定量を下回ったら自動発注
予備サプライヤーリスト(A社がだめならB社…)を用意し、サプライチェーン多元化で調達リスク軽減
保管場所の明示・整備:
防護具やガウンなどは清潔な保管庫にまとめ、誰が見てもすぐに取り出せるようにする
有効期限やロット記録を管理シートで一括把握
(3)外部連携体制構築
行政・保健所とのパイプ:
緊急時連絡先をリスト化、定期的な情報交換会議を実施
医療機関との連携:
嘱託医や近隣病院との協定を結び、感染発生時の受診・入院先確保
オンライン面会やテレケア支援など、ICTツール活用の話し合い
他施設・地域コミュニティとの協力:
同業施設間での物資融通、スタッフ相互支援
地域ボランティア団体や自治会と連携し、緊急時の物資配送・情報共有を迅速化
3-4. 実効性を高めるためのPDCAサイクル
BCPは「作って終わり」ではなく、継続的な見直しと改善が必要です。現場の変化に対応し、常に実効性を確保するためPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を回しましょう。
(1)計画(Plan)
初期策定時は過去の感染事例、ヒヤリ・ハット報告、業界ガイドラインを参考に
シナリオを想定して計画を立て、書面化する
(2)実行(Do)
平時から物資チェック、スタッフ教育を行い、いざというとき「やり方がわからない」をなくす
定期訓練(避難訓練と同様に感染シナリオを模したロールプレイ)を実施
(3)評価(Check)
訓練結果を踏まえ、「在庫は十分だったか?」「連絡フローはスムーズか?」などチェックリストで評価
実際に感染が起きた場合の対応結果もレビューして、問題点を洗い出す
(4)改善(Act)
不足点やボトルネックを明確化し、計画をアップデート
新たなサプライヤー追加、スタッフ教育資料刷新、外部連携先拡大など、常により良い体制に進化させる
(5)定期見直しの重要性
年に1~2回はBCP見直し会議を開催
法規制変更、疾病流行パターン更新、職員異動などに応じて柔軟に計画を修正
ケーススタディ:簡易演習例(研修用)
研修中に短時間で実行できるケーススタディで、BCPの実行力を高めます。
(演習例)
シナリオ: インフルエンザが施設内で疑われる患者(利用者様)が同時に3名発生。スタッフ2名が体調不良で欠勤。マスクの在庫が残りわずか。
問いかけ:
どの業務を最優先に継続するか(食事介助、排泄ケア、投薬管理など)
不足するマスクをどう補充するか(外部調達先、代替物品の活用)
利用者様隔離やゾーニングはどう行うか
スタッフ間連絡や家族への説明は誰が行うか
解決例の共有:
チームで話し合い、BCPに沿った行動プロセスを確認。終了後、正解はひとつではなく、施設独自の計画や外部連携先リストをもとに現実的な解決策を提示し、全員で認識を共有。
3-5. 研修やミーティングでのBCP周知方法
BCPは管理者だけでなく全スタッフが理解し、いつでも参照できる形が望まれます。
(1)簡易版BCPガイド作成:
ポイントをA4数枚にまとめた「BCP概要版」を作り、スタッフルームやナースステーションに常備
緊急連絡先一覧や発生時フローチャートをわかりやすく図示
(2)定期研修とミーティング:
半年に一度、BCPアップデート説明会
新人オリエンテーションでBCP概要を説明し、全員が知識を共有
(3)ICT活用:
職員向けオンライン掲示板やチャットツールにBCP関連資料をアップロード
緊急時、スマホでも閲覧できるQRコード付き資料を配布
3章まとめ
BCPは、感染症発生時でも介護施設が確実に利用者様を守り、スタッフを安全に働かせ続けるための「指針」です。人員不足や物資不足への備え、外部連携先の確保、そしてPDCAを回しながら常に計画を更新していくことで、現場は困難な状況にも柔軟に対応できるようになります。
次章では、実際に感染が発生した場合の初動対応やゾーニング、情報共有の具体的な手順を詳しく解説し、BCPを現場で活かすためのオペレーショナルな部分に踏み込んでいきます。