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【質の高いケアを実現】認知症ケア研修:基礎知識、実践、家族連携、倫理まで網羅(全5章)①

第1章「認知症を正しく理解する」

はじめに

介護現場で日々ご尽力されている皆様、本当にお疲れ様です。この研修資料を手にとっていただき、心より感謝申し上げます。

日々の業務の中で、「あれ?今日って何日だっけ?」「さっきまで覚えていたことが、どうしても思い出せない…」といった場面に遭遇することもあるかもしれません。私たち自身も経験するような「うっかり」ですが、認知症を抱える利用者様にとっては、日々の生活に大きな影響を与える、決して些細ではない問題です。

この第1章では、認知症ケアの最初の、そして最も重要なステップとして、「認知症とは一体何なのか」を正しく理解することを目指します。よくある「いつもの物忘れ」との違い、様々な種類とその特徴、進行の段階、そして何よりも大切な、利用者様への 尊敬と尊厳の視点について、できる限り詳しく、そして分かりやすく解説していきます。

この学びを通して、利用者様一人ひとりの尊厳を守り、より質の高いケアを提供できるよう、共に知識を深めていきましょう。

1.認知症とは?~「いつもの物忘れ」とどう違うの?~

「最近、物忘れがひどくて心配だわ…もしかして認知症かしら?」

高齢者の方から、あるいはご自身のことで、このように不安を感じることがあるかもしれません。しかし、認知症は、年齢を重ねることで誰にでも起こりうる「いつもの物忘れ」とは、本質的に異なる病気です。

認知症とは、アルツハイマー病や血管性認知症など、様々な原因によって脳の細胞が損傷を受け、記憶力、判断力、理解力といった認知機能が徐々に低下し、その結果、日常生活に支障をきたすようになった状態を指します。

加齢による物忘れの場合、例えば「昨日の夕食に何を食べたか、一部を思い出せない」といったように、体験したことの一部を忘れることはあっても、夕食を食べたという体験そのものを忘れてしまうことは通常ありません。また、「確か魚料理だったかな?」といったように、何かヒントがあれば思い出すことができることが多いです。さらに、物忘れをしている自覚があり、「あれ、思い出せないな」と気にすることも特徴です。日常生活への影響も、基本的には限定的です。

一方、認知症による物忘れは、例えば「昨日の夕食を食べたかどうか自体を覚えていない」といったように、体験そのものを忘れてしまったり、体験したこと自体を認識できなくなったりします。たとえ「昨日、魚を食べましたよ」とヒントを与えても、思い出せないだけでなく、そのヒント自体が理解できなかったり、「私は食べていない」と事実と異なることを主張したりすることもあります。物忘れをしている自覚がない、あるいは忘れたことを指摘されると不機嫌になったり、怒り出したりすることもあります。そして最も重要な違いは、日常生活に様々な支障が出てくる点です。例えば、同じことを何度も繰り返し尋ねたり、物をどこに置いたか分からなくなったり、道に迷ってしまったり、薬の管理ができなくなったり、料理の手順が分からなくなったりするなど、その影響は多岐にわたります。

例を挙げると…

  • 加齢による物忘れの場合: 「あれ、スマホどこに置いたっけ?確かリビングに置いたような…」と思い出しながら探す。

  • 認知症による物忘れの場合: スマホを使ったこと自体を忘れてしまい、「私はスマホなんて持っていない」と言ったり、探し物をしていること自体を忘れてしまう。

ここで強調しておきたいのは、認知症は進行性の病気であり、適切な対応をせずに放置すると、日常生活への支障がますます大きくなってしまうということです。早期に認知症の兆候に気づき、専門医の診断を受け、適切なケアを開始することが、その後の生活の質を大きく左右します。

2.知っておきたい!認知症の種類と主な症状

認知症と一言で表現されますが、その原因となる病気は一つではありません。介護現場でよく見られる代表的な4つの認知症の種類と、それぞれの主な症状について詳しく見ていきましょう。

(1) アルツハイマー型認知症

認知症の中で最も多いタイプであり、脳に「アミロイドβ」という異常なタンパク質が徐々に蓄積し、神経細胞がゆっくりと破壊されていく病気です。進行は比較的緩やかですが、残念ながら根本的な治療法はまだ確立されていません。

主な症状:

  • 記憶障害: 初期には、つい最近の出来事から忘れやすくなるのが特徴です。例えば、今日の朝食の内容を忘れたり、数分前に話した内容を忘れてしまったりします。進行するにつれて、昔の記憶も徐々に失われていきます。同じことを何度も繰り返し尋ねたり、言ったりする、物をどこに置いたか分からなくなる、約束を忘れるなどの症状が見られます。

  • 見当識障害: 時間、場所、人が分からなくなる症状です。例えば、「今日は何日ですか?」「ここはどこですか?」といった質問を繰り返したり、自宅にいるにも関わらず「家に帰りたい」と言い出したり、長年連れ添った家族の顔が分からなくなることがあります。

  • 実行機能障害: 計画を立てて物事を順序立てて行うことが難しくなる症状です。例えば、料理の手順が分からなくなってしまったり、着替えに時間がかかったり、複数のことを同時に行うことが難しくなったりします。

  • その他の症状: 言葉が出てこなくなる(物の名前が思い出せないなど)、空間認識能力の低下(立体的なものを認識するのが難しい、道に迷いやすいなど)、性格の変化(以前はおとなしかった人が怒りっぽくなったり、逆に活発だった人が無気力になったりする)、意欲の低下なども見られることがあります。

(2) 血管性認知症

脳梗塞や脳出血などの脳血管障害によって、脳の血流が途絶えたり、出血したりすることで、脳の神経細胞が損傷を受けて起こる認知症です。脳血管障害が起こった部位や範囲によって症状が大きく異なるのが特徴です。

主な症状:

  • まだら認知症: 症状が階段状に悪化したり、良くなったりを繰り返すことがあります。脳血管障害が起こるたびに症状が悪化することが多く、症状の現れ方にばらつきがあるのが特徴です。

  • 運動麻痺や言語障害: 脳血管障害の影響で、手足の麻痺(片麻痺など)や、言葉が出にくくなる(失語症)、呂律が回らなくなる(構音障害)といった症状を伴うことがあります。

  • 感情失禁: 些細なことで急に泣き出したり、怒り出したりするなど、感情のコントロールが難しくなることがあります。

  • その他の症状: 意欲の低下、抑うつ、歩行障害なども見られることがあります。

(3) レビー小体型認知症

脳の中に「レビー小体」という特殊なタンパク質が出現することで起こる認知症です。幻視やパーキンソン病のような症状を伴うことが特徴です。

主な症状:

  • 幻視: 実際には存在しないものが見える症状です。人や小動物が見えるといった訴えが多いですが、怖いものや不気味なものが見えることもあります。

  • パーキンソニズム: 手足の震え、筋肉のこわばり、動作が遅くなる、姿勢が前かがみになる、転びやすくなるなど、パーキンソン病とよく似た症状が現れます。

  • 認知機能の変動: 日によって、あるいは時間帯によって、認知機能の状態が大きく変動することがあります。午前中は比較的はっきりしているのに、午後になると急に混乱したり、ぼんやりしたりするなど、変動の幅が大きいのが特徴です。

  • レム睡眠行動障害: 睡眠中に大声を出したり、寝言を言ったり、時にはベッドから落ちるほど激しく動き回ったりする行動が見られます。これは、夢の内容と一致していることが多いです。

(4) 前頭側頭型認知症

脳の前頭葉や側頭葉が萎縮することで起こる認知症です。比較的若い年代(40代~60代)で発症することがあります。行動の変化や人格の変化が初期から目立つのが特徴です。

主な症状:

  • 行動障害: 社会的なルールを守れなくなる、同じ行動を繰り返す(常同行動)、衝動的な行動に出る、万引きなどの反社会的行動が見られることがあります。例えば、公共の場で大声で歌い出したり、人のものを勝手に取ってしまったり、毎日同じ時間に同じ場所に通い続けたりします。

  • 人格変化: 以前は几帳面だった人がだらしなくなったり、温厚だった人が攻撃的になったりするなど、性格が大きく変わることがあります。意欲の低下、無関心、感情の平板化(喜怒哀楽の表現が乏しくなる)、共感性の欠如なども見られます。

  • 言語障害: 言葉の意味を理解できなくなる(意味性認知症)、自発的な発話が少なくなる、言葉が出てこなくなる、同じ言葉を繰り返す(保続)などの症状が現れることがあります。(前頭側頭型認知症の中でも、症状の現れ方によってさらに細かく分類されます。)

重要なポイントは、認知症の種類によって、現れる症状や進行の仕方が大きく異なるということです。利用者様の認知症の種類を正確に把握することは、その方の症状を理解し、より適切なケアを提供するための重要な手がかりとなります。

3.認知症はどのように進んでいく?~進行の段階を知る~

認知症は、一般的に時間をかけてゆっくりと進行していく病気です。進行のスピードや現れる症状は人それぞれ大きく異なりますが、認知症の進行の大まかな段階を知っておくことは、今後のケアプランを立てたり、ご家族への説明を行ったりする上で非常に重要になります。

認知症の進行段階は、様々な分け方がありますが、ここでは代表的な3つの段階に分けて説明します。

  • 早期(軽度): 日常生活は比較的自立して行えることが多いですが、以前と比べて物忘れが目立つようになり、時間や場所の見当識が曖昧になることがあります。例えば、今日が何日か分からなくなったり、近所の道に迷ったりすることがあります。新しいことを覚えるのが苦手になったり、今まで難なくできていたことが難しくなったりすることもあります。周囲からは「少しぼんやりしている」「忘れっぽくなった」程度にしか見えないこともあります。

  • 中期(中等度): 日常生活に支障が出始め、部分的に介助が必要になる場面が増えてきます。理解力や判断力が低下し、一人で外出することが難しくなったり、金銭管理がうまくできなくなったり、身の回りのこと(着替えや入浴など)に手間取ったりするようになります。また、BPSD(行動・心理症状)と呼ばれる、徘徊、興奮、妄想、抑うつなどの症状が現れやすくなる時期でもあります。ご家族や介護者の介助が不可欠になります。

  • 後期(重度): 日常生活のほとんどを介助に頼るようになります。意思疎通が困難になったり、言葉数が極端に少なくなったり、意味不明な発言が増えたりします。食事や排泄、入浴など、生命維持に関わる部分でも介助が必要になります。寝たきりになることもあります。周囲の状況を理解することが難しくなり、常に介助が必要な状態となります。

ここで理解しておきたいのは、認知症の進行は直線的ではなく、良い時と悪い時を繰り返しながら、ゆっくりと進んでいくことが多いということです。また、同じ進行段階でも、現れる症状は人それぞれです。そして、適切なケアや、安心できる環境を整えることによって、進行を緩やかにしたり、症状を軽減したりすることも可能です。

4.認知症の人への尊敬と尊厳を大切にする視点

認知症になると、以前できていたことができなくなってしまう場面が増え、周囲からは「何も分からなくなってしまった」ように見えるかもしれません。しかし、認知症になっても、その人らしさは決して失われることはありません。 感情もあれば、好みもあります。喜びや悲しみ、怒りや不安を感じることも、私たちと全く同じです。

私たち介護者は、常に「その人」を尊重し、その人としての尊厳を大切にする視点を持つことが、何よりも重要です。

  • 名前で呼ぶこと: 「おばあちゃん」「おじいちゃん」といった呼び方ではなく、「〇〇さん」と個人名で呼びかけることで、その人の存在を認め、尊重する気持ちを伝えることができます。

  • ゆっくりと分かりやすい言葉で話すこと: 早口でまくし立てるように話したり、専門用語や難しい言葉を使ったりせず、ゆっくりとしたペースで、短い文章で、分かりやすい言葉を選んで話しかけましょう。

  • 目を見て話すこと: 相手の目をしっかりと見て話すことで、真剣に向き合っている姿勢を示すことができ、安心感を与えることができます。

  • できることを奪わないこと: たとえ時間がかかったとしても、ご自身でできることはなるべくご自身で行ってもらい、過剰な介助は避け、自尊心を傷つけないように配慮しましょう。「まだできる」という自信を持つことは、認知症の進行を緩やかにすることにも繋がります。

  • 過去の経験や歴史を尊重すること: 昔の話をじっくりと聞いたり、若い頃の写真を見たりすることで、その人の人生を尊重し、共感することができます。昔の思い出話は、脳の活性化にも繋がります。

  • 失敗を責めないこと: 認知症による様々な失敗(物を壊してしまう、失くしてしまう、間違ったことを言ってしまうなど)は、決して本人のせいではありません。温かく受け止め、「大丈夫ですよ」「気にしないでくださいね」といった言葉で安心感を与えるように努めましょう。

  • プライバシーを守ること: 入浴や排泄の介助など、デリケートな部分に関わる際は、特にプライバシーに配慮し、羞恥心を与えないように心がけましょう。

  • 選択の機会を設けること: 食事の内容や着る服など、可能な範囲で選択の機会を設け、自己決定を尊重しましょう。

最も大切なことは、認知症の人も私たちと同じように感情を持つ、かけがえのない人間であるということを常に意識することです。常に相手の立場に立って考え尊敬と尊厳を持って接することが、信頼関係を築き、より質の高い、その人らしいケアに繋がります。

終わりに

この第1章では、認知症の基本的な知識について、詳しく掘り下げて学びました。認知症は、単なる物忘れとは異なる脳の病気であり、様々な種類があり、それぞれ症状が異なること、進行には段階があるものの個人差が大きいこと、そして何よりも、認知症を持つ人を尊敬と尊厳を持って接することの重要性について、深くご理解いただけたかと思います。

次の第2章では、認知症の方とのより良いコミュニケーション方法について、具体的な事例を交えながら学んでいきましょう。


この章のまとめ

  • 認知症は病気であり、加齢による物忘れとは異なる。

  • 認知症には様々な種類があり、それぞれ特徴的な症状を示す。

  • 認知症の進行には段階があるが、個人差が大きいことを理解する。

  • 認知症を持つ人も私たちと同じように感情を持つ人間であり尊敬と尊厳を持って接することが最も重要である。

次章へ続く

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