介護現場の感染症予防完全マニュアル:5つの章で築く安全・安心ケア ②
【第2章】感染症対策における標準予防策・接触予防策
感染症対策の要は「標準予防策」を土台とし、状況や症状に応じて接触・飛沫・空気感染対策を適宜追加・強化することにあります。本章では、それぞれの感染経路に応じた対策方法、具体的なPPE(個人防護具)の使用例、シーン別の実践事例、スタッフが日常的に自己点検できるチェックリストを提示します。日々のケア業務へ円滑に溶け込ませることで、職場全体の感染リスク低減を目指しましょう。
2-1. 標準予防策の考え方とPPE(個人防護具)の適正使用
(1)標準予防策とは
基本理念: 「全ての利用者様が潜在的な感染源になり得る」という前提のもと、常に一定レベルの防御行動をとる考え方。
主な要素: 手指衛生、PPE使用、呼吸衛生/咳エチケット、環境表面消毒、適切な廃棄物処理など。
(2)PPEの選択基準と正しい装着・脱着
PPEの種類と役割:
マスク:飛沫から鼻・口を保護
手袋:手指の汚染防止、体液・排泄物に直接触れる際の必須アイテム
エプロン・ガウン:衣服汚染防止
ゴーグル・フェイスシールド:眼粘膜・顔面への飛沫暴露防止
着用シーンの具体例:
排泄介助・口腔ケア:マスク、手袋、エプロン、(必要に応じてフェイスシールド)
傷口処置:マスク、手袋、必要に応じてゴーグル
正しい着脱手順:
装着時は「清潔な順に」、脱着時は「汚染物から先に外して最後に手指消毒」で終了します。
例:装着時:手指消毒→ガウン→マスク→ゴーグル→手袋
脱着時:手袋→ガウン→手指消毒→ゴーグル→マスク→手指消毒
(3)日常実践のポイント:
PPEは「必要な場面で使い捨てる」ことが基本。無駄使いや節約しすぎによる不適切再利用は避ける。
PPE置き場は常に一定の場所に設置し、在庫を切らさないよう定期的に棚卸しを行う。
2-2. 感染経路別対策:接触・飛沫・空気感染の理解と実践
感染経路に応じた対応策を理解し、必要な対策を重ねることで、より強固な予防が可能となります。
(1)接触感染対策:
概要: 病原体が人や物品表面を介して手や皮膚に付着し、それを自らの粘膜に運ぶことで感染する。
具体的対処法:
手袋着用・使用後の速やかな廃棄
ドアノブやベッド柵、スイッチ、歩行器など共用物品の定期消毒
「触った後に手を洗う・消毒する」を徹底
注意点:
手袋使用後も手指消毒が必須。「手袋しているから安心」ではなく、手袋外しの手順を誤れば手指汚染が起きる可能性がある。
(2)飛沫感染対策
概要: 咳、くしゃみ、会話時の飛沫を介して病原体が伝播する。半径1~2メートル程度の範囲がリスクゾーン。
具体的対処法
サージカルマスクの常時着用
利用者様間の距離確保(座席配置を工夫する)
咳をする利用者様にはティッシュやマスクを提供し、咳エチケットを促す
注意点
不要な近接対話を避け、必要時は短時間かつ正面ではなく斜めに位置取るなど、物理的距離を活用する。
(3)空気感染対策:
概要: 空気中に長時間浮遊する微粒子(飛沫核)を通じた感染経路。結核、麻しん、水痘などが代表的。
具体的対処法:
必要時はN95マスクまたは同等性能マスク使用
十分な換気(窓開放、換気装置活用)で空気中の病原体濃度を低減
注意点:
空気感染対応が必要なケースは少ないが、疑い例が出たら即座に管理者や医療機関へ相談。
2-3. 場面別シミュレーション:より現場的な視点で考える
ここでは、日常ケアで起こりやすい状況を例にとり、どのようなPPEや対応が必要になるかを具体的に示します。スタッフ間でロールプレイを行い、対応を練習することで実践力が高まります。
(1)口腔ケア時の対策:
想定状況: 利用者様がむせ込みやすく、唾液・痰が飛沫となる可能性がある。
必要な対策:
マスク(必要に応じフェイスシールド)着用
手袋とエプロン必須
ケア後は使用した歯ブラシ・コップなどを個別管理し、再利用時は消毒
ロールプレイ例: スタッフAが口腔ケアを実施、スタッフBが終業後手順(廃棄物処理、手指消毒、物品洗浄)を確認し合う。
(2)排泄介助時の対策:
想定状況: 排泄物には大量の病原体が潜在、接触感染リスクが高い。
必要な対策:
手袋とエプロンは必須(使い捨てタイプ)
必要に応じてマスク着用
終了後、排泄物処理道具は所定の方法で洗浄・消毒
車いすやポータブルトイレのハンドル部分も消毒
ロールプレイ例: スタッフCが排泄介助を行い、スタッフDが終了後の手袋外しや適正廃棄、手指消毒までの流れをチェックリストに沿って確認。
(3)嘔吐物処理時の対策:
想定状況: ノロウイルスなどは嘔吐物やその飛沫を通じて容易に感染拡大。
必要な対策:
マスク、手袋、エプロン、必要に応じてフェイスシールド
使い捨てペーパーで拭き取り後、次亜塩素酸ナトリウムで消毒
汚染したリネンは密閉して他の洗濯物と分離
ロールプレイ例: スタッフEが嘔吐物処理を行い、スタッフFが正しい手順や消毒濃度、廃棄物処理まで確認し合う。
2-4. チェックリストで振り返る日常の感染対策
以下は、スタッフが日常的に自己点検できる簡易チェックリストの例です。定期的なミーティングや朝礼で共有し、守れている項目・改善が必要な項目を話し合うことで、チーム全体の意識向上につなげます。
(例)日常感染対策自己点検チェックリスト:
手指衛生を適切なタイミングで実施している
口腔ケアや排泄介助など、汚染リスクの高い行為時に必ずPPEを着用している
PPE着脱手順を守り、正しい順番・方法で行っている
利用者様同士の距離確保や咳エチケット指導など、飛沫感染対策を実践している
よく触れる物品を定期的に消毒している(ドアノブ、手すり、車いすハンドルなど)
異常症状(咳・発熱・下痢等)のある利用者様が出た際、迷わず標準予防策以上の対応をとることができる
自分自身が体調不良の場合、迅速に報告し、無理な勤務を避けている
これらのチェックポイントを定期的に振り返ることで、「やりっぱなし」「慣れによる油断」を防ぎ、常に高い水準の感染対策を維持できます。
2章まとめ
標準予防策はすべてのケアの基本であり、接触・飛沫・空気感染など特定の経路対策はその上に追加するイメージです。利用者様の状態や施設内の感染リスクレベルに合わせ、柔軟に防御策を組み合わせましょう。場面別のシミュレーションやチェックリストによる振り返りを通じて、スタッフ一人ひとりが適切な行動を「当たり前」にできれば、施設全体の感染リスクが大幅に低減します。
次章では、BCP(事業継続計画)の基本と構築について取り上げ、感染拡大時でも業務を継続し、安全な環境を維持するための視点を深めていきます。