読書ノート 「これからの男の子たちへ『男らしさ』から自由になるためのレッスン 」太田啓子

今の日本はこの本を必要としていると思った。

私のような一般人がフェミニズムについて周りの男性と話すとき、経験、知識、当事者意識に大きな開きがあり、全く話が通じないことが往々にしてある。目標やビジョンなどの大枠を説明して、それに至る道筋などを説明したいと思っても、まず大枠からして共通認識を持てない。全然ピンときていないのだ。それは現状認識や背景の理解で大きな乖離があるからだろう。見てる世界が違いすぎる。そして、特に知りたいと思っていない男性に、女性と男性では見えている世界が違うところから説明して、理解してもらうのは労力膨大。なのに報われないことが多い。徒労だ。

一方、学術界でフェミニズムを研究されている上野千鶴子さんなどは私とは比較にならないほどの虚しさを感じておられる。「上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください! 」(大和書房、2020年1月20日発行) の中で上野千鶴子さんはフェミニズムの歴史が断絶していることに言及している。

アカデミアの人が広く社会の理解を促すために熱心にアウトリーチ活動(*1)をされているのは知っている。でも、それでも届く範囲が限定的なのだ。最初から関心を持っている人にしかアクセスできない。でも、漫画を描ける人など「伝える芸」を持った人(*2)が研究のアウトリーチの本を読んで共感し、再解釈して違う表現方法で発信する。そうすることでメッセージの射程距離が伸びるんだと思う。最近、そういう本が増えてきたと思う。読み手がフェミニズムに特に関心が高くなくても、読みやすい本や内容が増えてきたのだ。私自身もこういう情報に触れることで、内面化した男尊女卑をアンインストールする作業をしてきた。そして、太田先生の「これからの男の子たちへ」はさらにメッセージの射程距離を伸ばしていると思う。対象者は男性だ。これには大きな意味があると思う。

「責任原則」という考え方がある。問題を引き起こす原因となっているものがその状態をもとに戻す責任をもつべきだという考えである。物を壊したら弁償する、というのも責任原則で、広く社会に浸透した考えだと思う。フェミニズムについて話すとき、この責任原則がすっぽり抜け落ちている男性が多い。女性の問題と考えがちなのだ。でも、今の日本の社会の仕組みをつくったのは女性ではない。おおよそ全て明治の男性だ。男性が作った社会は男性に著しく有利で偏った社会だ。たとえ現代の男性がつくった社会でなくても、その便益を享受し、何もせずに差別的な社会構造の現状維持に加担しているのは現代の男性たちだ。だから男性が主体的に今の状態をあるべき姿に修正していくべきなんだが、あるべき姿は過去のどこかの時点を参考にしてその状態に戻すという単純な話ではない。あるべき姿を模索し試行錯誤して改善していくという労力のかかる話だ。

太田先生のこの本は、責任原則でいうところの本来行動を起こすべき男性層にアウトリーチしている。それが私には画期的に映るのだ。早速、男性二人にこの本を紹介した。一人は割愛するが、一人は35歳の経営者だ。有害な男性性があまりに頻繁に言動に現れるから私は彼と会話した後、毒気にやられて寝込むことがあるくらいだ。


その経営者(Sさん)は好きな女性がいるらしい。もうかれこれ5年も好きなんだとか。でも彼女のことを今一つ信じられなかったり。そして自分がどうしたいのかもわからないのだとか。Sさんははっきりとは言わなかったが、前にも後ろにも進展しない宙ぶらりんな状況を打開したいと思っているように私には見えた。

Sさんは女性に「告白」すべく、ダイエットを始めたらしい。1カ月で20kgをおとすという過酷なダイエットで「本気を示したい」とのこと。そんな彼に私はこの本で太田啓子さんが清田隆之さんと対談している内容のほんの一部を紹介した。
「好きな人と親密になりたいという欲求に対して、コミュニケーションで関係性をつくるとか、距離を縮めるために必要なことを合理的に考えるんじゃなくて、『なにかの試練に頑張って耐えたら恋愛が成就する」みたいな発想って、なんなんだろう・・・。」と清田隆之さんがおっしゃていたところだ。(太田啓子「これからの男の子たちへ 『男らしさ』から自由になるためのレッスン』」p88)
本の表紙を写真に撮って送った。大量の付箋が見える角度で。

そしてメッセージには「ダイエットはいいと思うんです。でも、本気だっていうのは、言葉と態度で表した方がいいですよ。それは彼女と向き合って、彼女の言うことを聞いて、自分の気持ちをうまく言語化して。」と伝えた。

が、翌朝はっと気がついた。たぶん彼の「本気を態度で示す」=ダイエットなのだろう。私が言う「本気を態度で示す」というのは彼女の言葉を体を向けてよく聞いて、どういう気持ちかを想像して、丁寧な対話をして、恋愛観や将来についての意識をすり合わせることなのだ。

こんなところにも理解の溝がある。フェミニズムどころか「本気を態度で示す」という言葉一つにも大きな理解の溝があることに愕然とした。

彼にはどの程度響いたかわからない。正直、自信はない。彼はこの本に興味があるから本屋で探してみると言っていたが、どうなったんだろう。もしこの本を読んでくれたら少しは理解の溝を埋めてくれる気がする。それは有害な男性性もフェミニズムも。読んでくれれば。

でも、きっと私はこの本を読むまでは、「ダイエットして本気を示す」という彼の言葉にモヤモヤしつつも返す言葉はなかったと思う。この本によって、男女間でどれほど理解に溝があるのか私は改めて認識した。そして本を紹介するという新しいアプローチにも挑戦できた。もし彼が読んでくれたらじっくり対話したいところだ。これが私にできるアウトリーチ活動である。

なお、タイムリーに著者の太田啓子さんと作家のアルテイシアさんの対談記事が公開された。この本のメッセージが一番届いて欲しいのは「おじさん」層であるらしい。私のアウトリーチではまだ届かない範囲だ。アウトリーチの連鎖に期待したい。

https://wotopi.jp/archives/105654

(*1) 芸術家や公的文化施設などが、通常の活動の場で接する機会の少ない人々に対して、出張コンサートやイベントなどを催すことや、研究者や研究機関が研究成果をシンポジウムなどで積極的に周知すること、地方自治の分野でワークショップなどを通して住民との新たな接点を広げて積極的に働きかけること。こうした「出前」的な活動により子供が宇宙について学ぶきっかけをつくったり、将来的に聴衆となる音楽ファンを育てたりするなどの意義が生まれる。(日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 抜粋)

(*2)「上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください! 」p166の表現の引用。上野千鶴子さんがある大学で「慰安婦」について講演したとき、「ボクの知っている慰安婦の話と全然違う」と男の子から反論を受けて、どこで慰安婦を知ったのか、上野さんの著作も読んでもらえるかを問うたところ「先生たちのところに漫画描ける人いないの?」と言われたエピソード。そこで上野さんは「ごめん、芸がなくて」と答えている。

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