読んでない本の書評85「緋文字」
143グラム。シャーロック・ホームズの「緋色の研究」のイメージに引っ張られてなぜか軽い小説だと思いこんで読み始めてしまい、一日中おかしな気持ちになるなどした。
陰湿な話である。17世紀のアメリカ、戒律厳しい清教徒の田舎町。清教徒はさておき、ユーモアのある人間が全然いない町というのはそもそもどうなんだ。
ヘスタ・プリンという美女がいて、仕事に出た夫が何年も連絡がとれない。あの人死んだかな、とか思っているうちに若い牧師と良い仲になって子どもが生まれてしまう。
町の人は嬰児を抱いたヘスタを広場のさらし台に立たせ「父親の名前を言え。言わなければ『あばずれ』の『あ』って描いた赤いワッペンを一生胸に付けさせるぞ」と脅す。
戒律うんぬんより実は相手の男が誰か知りたいだけだってあたりがちょっと面白いけど、別にジョークではないところが不気味である。町ごと文春。
ヘスタは何もいわずに赤いワッペンを胸につけたまま苦しいシングルマザー人生を送る。謙虚で針仕事がうまかったりするので時間がたつうちにわりと尊敬されはじめたりもする。なかなかあっぱれなのだ。
それに比べてわけのわからないのが夫。死んだのかと思いきや実は生きており身元を隠して町に住みついたあげく、ねちねちとヘスタと牧師に復讐をするのである。
楽しいのか、その人生。ヘスタは美人だし気立てもいいし手に職まであるスーパーウーマンだ。もとはといえば勝手に何年も音信不通になった自分が悪いんだから、心機一転、親子三人で他所の町にうつってひっそり暮らせばいかようにもなる人生だろうに、なぜそこで復讐心に燃えるのか。美人をいじめたいという性癖なんだろうかと疑うくらい発想が硬直していて暗い。
さらにわけのわからないのは牧師。ヘスタが一人で苦しい思いをして孤独のうちに赤ん坊を育てているなか「神様ごめんなさい」とか悩みつづける。さらにヘスタの夫の陰湿な嫌がらせまで加わったおかげで衰弱して死ぬ。ただ暗い。インテリだろうに人生もうちょっとましな知恵が浮かばないものだろうか。
ヘスタに針仕事を頼んでる町の人も工夫が足りてない。「あのときは空気を読んでみんなと一緒にいじめちゃったけど、ヘスタいい人だし悪いことしちゃったな」と思ったら、自分も赤いワッペンつけて生活して町中赤ワッペンまみれにしてしまうとか、硬直した空気を突破していく工夫みたいなことを考える人がひとりもいないものだろうか。
『緋文字』は、アメリカでは高校生が課題で読むスタンダードな古典だそうだ。なぜこんなに暗いものを。
日本で言うと、漱石の『こころ』の、先生の遺書だけを教科書に載せるようなものだろうか。あんなに面白い作品をたくさん書いた作家の、よりによって最も暗い作品から、最も暗い部分だけを抜粋して高校生に読ませるの刑。
ティーンエイジャーはテンション高すぎてろくなことしないから暗い文学でも読んでしばらく落ち込んでおけ、というメッセージとしては機能するが、そこから文学嫌いになる人も多いではないか。
実は「みせしめに一生赤いワッペンつけておけ」と言われて、わざわざ金の糸で目立つ刺繍をしたヘスタはもっともユーモアの素質があると思うのだけど、悲しいかな、ユーモアは一人きりでは成立しないのだ。