ゆめが教えてくれたこと その3
今夜は心なしかゆっくりとした呼吸で横になっている。
窓越しにはオムレツのような月。
窓辺につれてきたシロツメクサが一緒に月を眺めてくれている。
締め切った部屋なのに不思議とスーッと風が通ってゆくような感じがする。
“私たちの声、聞こえてる?”
あ…
あれからというもの自分の部屋で草花を愛でることはあっても、人前で草花の話をすることはめっきりなくなった。
私は教室で何をしたらいいかを探し求める中で、1つの結論にたどり着いていた。
勉強すればいいのだ。
ぽっかり空いた穴を埋めるように勉強をしていると、周りよりいい点が取れるようになっていった。
テストでいい点をとったら母親がお小遣いをくれた。
それなのにひとっつも嬉しくなくって、ただ虚しさがこみあげてきた。
本当は勉強が好きじゃないの。
嬉しそうにお小遣いをくれる母親を裏切っているような気持にさえなった。
私は何のためにこんなに頑張っているのだろうか。
学ぶことが好きでたまらない友達がキラキラして見えた。
私もあんな風に勉強できたら楽しいのに…。
大学は小学校で決めた通り教育学部に進学した。
この頃にはもう草花のことはほとんど忘れてしまっていた。
穴を埋めるための何か…
私はラクロス部に入った。
初めて行った部活の飲み会で優しい先輩、先輩後輩の仲の良さ、その中にもある礼儀正しさ、その雰囲気に惹かれたのだ。
これまで仲のいい友達ができても心はずっと寂しさを感じてきた。
常に何か物足りない感じがしていた。
ここならその何かが見つかるかもしれない。
私を出しても受け入れてもらえるかもしれない。
大学で初めてできた友達が誘ってくれたことも嬉しくって迷った末、入部を決めた。
でも、入った後に気が付いた。
部内の人間関係が昼ドラのようにドロドロだったこと。
入部する前の飲み会ではみんな楽しそうで、先輩も優しかったはずなのに。
一緒に入った友達はそれに耐えきれず辞めていった。
私は辞める勇気がなかった。
いや、最初に感じた期待や希望を捨てられないでいたのだ。
そんなある日、ふと目に留まった。
花屋さんでちょこんと座る多肉たち。
キラキラして見えて、すぐに家へ連れて帰った。
それからというもの多肉との生活が始まった。
ベランダはすぐに多肉パラダイスになった。
毎日、花屋さんで多肉をチェックするのが日課になっていた。
部活は億劫になり、練習がおろそかになっていた。
いつものように花屋さんで多肉を眺めていると、2つ上の先輩が通りかかった。
“こ、こんにちは。”
“何してるの?”
“多肉が好きで…。”
“ふ~ん”
次の練習で、部長が私のところにやってきた。
この感じ、前にも…。
蓋をしてきた記憶がよみがえる。
“まずは練習にちゃんと来てね。”
張り付けられた笑顔に血の気が引いた。
と同時にまた楽しみを封印するのか、と自分に言われた気もした。
でも、サークルを辞める勇気も先輩に言い返す勇気もない。
私は多肉をあきらめることにした。
ここなら私を出しても受け入れるかもしれないという期待はなくなっていた。
誰にもばれないようにこっそり、ひっそり…それでいい。
半ばやけくそな結論だった。
“私たちの声、聞こえてる?”
ピピピピ…
ピピピピ…
目覚まし時計が鳴る。
窓から見える空はまだ薄暗い。
窓辺のシロツメクサが今日もおはようとあいさつをしてくれた。
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