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渡る中国にも鬼はなし(58/67)
第6章 中国第5日目 昆明
午後のひと時
私たちは(と、いきなり複数形を使います)その喫茶店でメニューを眺めました。当然ですが、全部漢字です。しかし、大体その意味は分かります。果汁とか桃とか粒とか書いてあります。それになんと言ってもたかだか喫茶店です。注文を間違ったところで、10年もののワインとかいう目をむくような高いものは運ばれてきません。値段はいずれも5元(65円)です。宿泊しているホテルのミネラルウォーターが1本20元(260円)することを考えれば、かなり安いです、というか、ホテルの価格は観光価格だということがよく分かります。
檸檬(レモン)と書かれているのを注文することにしました。するとそれはないそうです。仕方ないので別のにするとそれもないそうです。昼間から喫茶店でツーショットしているのをお店の人が、いじめているような感すらしますが、仕方ないので、適当に頼んでみました。出されたジュースは何か少し苦い味がしましたが、まぁ飲めなくはありません。目元パッチリのお嬢さんはメニューをじっと見て注文しました。その内容はコップの下に小さなつぶつぶが沈殿したような「けったいな」ジュースでした。ストローで飲ましてもらいましたが、私のよりはいける味がしました。
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しかし、私くらいの年令の人間が、平日の昼間、若い中国のきれいな、目元パッチリのお嬢さんと喫茶店でジュースを飲めるというのはまったく奇跡に近いことです。大半の同世代の男性はたぶん同じ時間に、会社でヒーヒー言って、上からは絞られ、下からは突き上げられて、「家のローンさえなければやめたるわい!」などとぼやきながら仕事をしているはずです。
ここは中国で、9月末とはいえまだ少し暑く、昼下がりののんびりした雰囲気の漂う喫茶店は涼しい風が吹き抜けています。喫茶店にいるのは私たちだけで(と、複数形を使います)、まるで貸し切り状態です。「家のローンさえなければやめたるわい!」という人もあれば、「幸せだなぁ」とのんびりしている人もありで、人さまざまです。しかしながら、私は私で、今の生き方に充分すぎるほど満足しています。ましてや、目の前にはきれいな中国のお嬢さんがいるのですから、これで文句を言ったら、みんなから石を投げられます。石を投げられるだけでは済まないかも知れません。
2人でジュースを飲んでいると、新聞売りがやって来ました。彼女に新聞の値段を聞いてみました。そうすると「&*¥=?」みたいなことを言います。私には中国の通貨の仕組みがいまいち分かっていませんでした。後で考えると彼女は「5角」と言ったのですが、この角という発音が分かりませんでした。なんども聞き返していると、彼女は私に「100円玉と50円玉2枚を出すよう」に言い、この100円玉を1元とした時の50円に相当するのが5角であることをわかりやすく説明してくれました。中国では10角が1元なのです。新聞は5角ですから、日本円で約7円です。今時、新聞は1部100円位しますから、結構安いですが、枚数は4、5枚位ではなかったでしょうか。せっかくツーショットになったので、これは証拠写真が必要であると思った私は、喫茶店の店員に写真を撮ってもらうことにしました。
その後少しまじめに彼女にこう聞きました。
「今日買い物につきあってくれたのはあなたのJOB(仕事)ですか?」彼女は「そうではない」と答えてくれました。私としてはなんらかの義務感で買い物につき合ってくれたとしたら辛かったのです。
ジュースを飲み終えた2人は(と、複数形を使います)1階の雑居ビルの中に入っていきました。奧に入っていくと、通路の角ではたして……やっています!。やっていますというのは麻雀です。5、6人が卓を囲んでいます。平日の昼下がりの商店街の角で麻雀をやっているのですから、まぁのんびりしているというのでしょうか。このあたりは国民性の違いなのでしょう。
なおも通路を進んでいくと、母ともう1人のお嬢さんに出会いました。結局母は何も買わずじまいでした。しばらくこの1階を見て回ろうと母に言うと「歩き疲れたので座りたい」と言い出します。 旅行5日目ですので、疲れも出ていますし、なんと言っても年ですので先ほどの喫茶店に引き返し、母ともう1人のお嬢さんにはしばらくジュースでも飲んで休んでもらうことにしました。
そういうわけで、再びツーショット状態に戻った2人は1階をぐるぐると見て回りました。店舗の中に靴屋がありました。手ころな革靴があれば、買うことにしました。彼女が気を利かせて値切ってくれて200元(2600円)になりました。なかなか具合のいい靴です。しかし、今から思うと心の痛むことがあります。それは彼女に買い物をつき合ってもらったことです。そのお嬢さんの日給がわずか13元(170円)です。そのお嬢さんは日給の10倍、20倍する品物を簡単に買う私をどういうふうに見ていたのでしょう。それを思う時、何か申し訳ないなぁという自責の念がしてくるのです。
ただし、安いものも買いました。髪の毛を洗うシャンプーです。化粧品屋さんで陳列ケースの中から彼女が普段使っている銘柄を選んでもらいました。値段は25元(325円)位でした。お金の支払いに100元札を出すと、お店の人はその札を持って奧に行き、お札の鑑定機にかけます。紫外線か何かで調べているようです。中国では50元札や100元札はすべてといっていいくらいお札の鑑定機にかけます。つまりそれだけ偽札が出回っているということです。偽造王国の中国ではビールの商品券など存在しないそうで、お札ほど精巧でない商品券など簡単に偽造されるのでしょう。この後母親も買い物をしたのですが、100元札を出す度に必ず鑑定機にかけていました。
その後、母ともう1人のお嬢さんと合流して、別の店に行きました。母は私の分の旅行準備に忙しく、うっかり自分の下着を持ってくるのを忘れたものですから、旅行2日目からは私のパンツをはいていましたが、さすがに母にも男物のパンツをはくという趣味はないようで、このスーパーマーケットで買うことにしました。1枚20元(260円)位で買ったようです。
そのとき、日本語の話せるお嬢さんも何か買うということで、3人で待っていますと、小さな袋を持って帰ってきました。「何を買ったの?」と聞くと「黒のパンティー」と答えました。なにも色まで聞いたわけではないのですが、黒のパンティーと聞くと、本能的にというか無意識的というかその袋の中身をのぞきそうになりました。彼女も若い女性ですから、きっと両手に抱えきれないほど好きなものを買ってみたいと思う時もあるでしょう。けれど彼女が買ったのはたった1枚のパンティーだけでした。