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渡る中国にも鬼はなし(26/67)
第4章 中国第3日目 蘇州->上海->昆明
至福のひと時
彼女は私の横にひざまずき、お弁当の銀紙をはがし、フォークを自分の白魚のような指に持ち、お肉を私の口元まで運んでくれるではありませんか!
夏と冬のボーナスを1度にもらったようなものです。写真がないのでどこまで私の言うことを信じて頂けるか分かりませんが、私の見るところでは、当日搭乗したスチュワーデスの中で一番きれいなオネーサンが私の横にひざまずき「はい、あーーーんして!」とは言いませんでしたが、食べさせてくれたのです。
しかしながら、一般の乗客がこの「あーーーんして」食べさせてくれるということを期待して、中国雲南航空に乗り込んでもおそらくそう言うことは起こらないと考えるべきでしょう。それは僥倖(ぎょうこう)ともいうべき珍事であり、こういうボーナスを1度にもらうようなことはそうそう起こるものではないのです。
それはたまたまスチュワーデスに時間的余裕があり、たまたま車イスの人間が乗り合わせ、たまたま隣に介護する人がいないというたぐいまれな条件下で発生する奇跡のようなものです。その奇跡が私に起こったのです。日曜のお昼に、中国上空1万メートルで、私はとにかく「あーーーんして」食べさせてもらったのです。
人が夏と冬のボーナスを1度に楽しんでいるさなか、後部座席からじゃましに来た人物がいました。
うちの母親です。
「どうや?」
あぁ、、まったくイヤな人物が現れたものです。とにかくそのスチュワーデスには母であることを英語で説明しました。
「ではお母様にお願いしますね」なんて事になったら、私は一生母を恨んだことでしょう。
もちろんスチュワーデスがそう心の中で思っていたにせよ、中国語の分からない私に「お母様にお願いしますね」などと説明する難しさを理解していたのでしょうか……きれいなオネーサンはその後もひざまずき、隣の母を無視して食べさせてくれます。
「早く戻らないと、みんな心配するよ!」
訪中団のみんなには急に心配してもらうことにしました。
「みんなには声をかけてきたから大丈夫」
敵は私の作戦を見破ったのでしょうか?
「どこに行ったかみんなが探すよ!」
訪中団のみんなには急に母を捜索してもらうことにしました。
敵はそれくらいでは退却しません。
「団体行動ではね……こういうことをするとみんなが迷惑するんだよ」
その中でも一番迷惑しているのは私です。母はなぜ息子がそう言うのか理解できません。業を煮やした私は日本語が分からないスチュワーデスの前で
「せっかくきれいなオネーサンに食べさせてもらってるのに、バーさんがいたら食べさせてくれへんやないか。」
「シッシッ!」
と追い払いにかかりました。
ここに及んで初めて母は自分が息子から厄介者になっていることを悟りました。母はニヤッと私を見るなり、後部座席に戻っていきました。