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カロクリサイクル「記録から表現をつくる2024」レポート【前編】
執筆者:関優花(美術作家)
「記録から表現をつくる」とは何か?
残された記録を見る、あるいは新しく記録をすることから、表現をつくるワークショップ「記録から表現をつくる」。2022年度から始まったこのワークショップの第3回目となる「記録から表現をつくる2024」が、2024年の7月から9月にかけて、大島四丁目団地studio 04を拠点として実施されました。
今年度のワークショップのファシリテーターを務めたのは、NOOKの瀬尾夏美さんと中村大地さん、小屋竜平さんの3名。加えて各回のゲストやNOOKのメンバーたちも参加者の取り組みのサポートを行いました。「記録から表現をつくる」というタイトルに関心をもち、公募によって集まった参加者たちは、全4日のワークショップを通じてどのような経験をしたのでしょうか。ワークショップの様子を、サポートスタッフとして全日に帯同した関優花がレポートします。
一日目 午前の部:ガイダンスと聞き書きワークショップ
快晴となった第一日目。Studio 04には14名の参加者が集まりました。ワークショップはまず、全員の自己紹介から始まりました。参加者の内訳は、学生と社会人が半々程度。大島四丁目団地から関西や北陸まで、参加者の居住地もさまざまです。自己紹介のなかで、参加者のみなさんが興味や関心がある対象として挙げたのは、日記やアルバム、祖母や祖父が残したもの、自分が住んでいるまちの歴史など、多様なかたちの記録です。普段の暮らしのなかで気になっているものごとを、このワークショップをきっかけとして探究したいと考えている人が多い印象です。
続いて、瀬尾さんより「記録から表現をつくる」ことにまつわるプレゼンテーションが行われました。
瀬尾さんは、大学院在学中に東日本大震災のボランティアとして岩手県陸前高田市を訪問し、地元住民の方々からお話を聞いた経験をきっかけに、地域の記録をもとにした作品制作を開始しました。ある時、陸前高田の記録を扱った作品を神戸で発表すると、作品を観た観客が阪神・淡路大震災での被災経験について語り始めることがあったといいます。この経験は、ある場所の記録が、他の場所や出来事と重なりつながっていく可能性を実感させるものでした。
瀬尾さんはこのような自身の活動を〈対象と出会う→記録する→受け渡す/共有する〉という流れのサイクルであると説明します。このサイクルにおいて重要なのは、表現を行うことが記録をすることよりも先行していないという点でしょう。瀬尾さんは、このワークショップは自己表現や完成された作品を求める場ではなく、記録から受け取ったものを提出する場であるという点を繰り返し強調していました。
さらにここでは、当事者の言葉を表現に使用する際に生じる「語られた言葉は誰のものか?」という問いについての重要な指摘がありました。「人は語るとき、必ずしも自分だけのことを話しているのではなく、その場にいない他者や聞き手のことも内包しながら語っている」。語られた言葉を「語り手だけの所有物」として、その解釈を固定してしまうよりも、聞き手自身がその言葉を引き受けていくことで、当事者・非当事者の区別を超えて、他の場所や出来事へとつながることが可能となる表現が生まれるのかもしれません。
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その後は早速、記録と表現を実践する「語り直し」のワークショップにうつります。参加者は二人一組になり、お互いの話を聞き、それぞれで聞いた話を一人称形式の文章に5分間でまとめます。そして最後に作成した文章をひとりずつ朗読していきます。書き方のルールは、語り手の一人称を使って書くこと、固有名詞を外すことの二点。話すテーマは「私の地元/大切な場所について」。
参加者たちは、緊張をしつつも和やかな雰囲気のなかでインタビューをし合っていました。参加者たちの朗読からは、最初に行った自己紹介では見えなかったそれぞれの人となりが浮かび上がってくることが印象的でした。参加者たちは、紙とペンさえあれば、ものの30分で記録と表現が実践できることを実感した様子でした。また、自分の話を相手に話をじっくりときいてもらうことの素朴な嬉しさも、その表情から伝わってきました。
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午後の部:課題のテキストから参加者が表現をつくる
お昼休憩をはさんで、午後の部は、既存のテキストから表現をつくるワークを行います。課題となったテキストは、小野和子「あいたくてききたくて旅にでる」と、明恵上人「夢記」。この二つのテキストから一つを選び、それぞれが気になった部分に着目して表現を作っていきます。
いきなり制作に入る前に、参加者たちはまず、2名のアーティストによる先例を見てみます。発表を行うのは、普段パフォーマンス作品などを制作している私(関優花)と荒川区のヒーローを自称する(!)ミュージシャンのhonninmanさんです。
私は「あいたくてききたくて旅にでる」収録の一篇「リヨさんの果てなし話」からパフォーマンスを作りました。このお話は、病に臥せる母親が、自分が眠りにつくまであいだ、痛みが和らぐように背中をさすり続けてくれる娘に向けて語ったというもの。パフォーマンスでは、参加者の一人の背中をお借りし、その背中に手を添えながら、話の中の反復が特徴的な部分を繰り返し朗読。母と娘のあいだに流れていただろう退屈ながらも緊張感のある時間を再現しようと試みました。
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つぎに「夢記」を表現するのはhonninmanさん。「エクストリーム夢日記テラー」と題されたこのパフォーマンスは、honninmanさんがYouTubeにて発信している映画の内容をひとりで圧縮して演じる「エクストリーム映画テラー」の「夢記」バージョンといえるもの。パフォーマンスでは、「夢記」の内容のみならず、作者である明恵が生きた鎌倉時代の時代背景、明恵がどんな人物であったかまでもが、さまざまな余談を挟みながら、めくりめく語りを通して網羅されていきます。(このパフォーマンスの記録映像はYoutubeから閲覧可能です。
二つのパフォーマンスを見た参加者たちは、Studio 04にある機材を自由に使用して、制作に取りかかります。どのような表現に行き着いたのでしょうか。
「あいたくてききたくて旅にでる」からは、物語中の娘がもし自分の仕事の相手だったらという想定でパフォーマンスを行ったり、背中をさすり続けたという娘の手を絵に起こしてみたり、とさまざまな表現が。また、「夢記」からは、夢の無秩序さをパフォーマンスで表現しようと試みる人も。honninmanさんの発表の熱量がそうさせたのか、全体的にパフォーマンスを行った人が多かったことが印象的。同じ記録物を扱ったとしても、参加者たちの興味や関心によって別のかたちにアウトプットされることもとても興味深く感じました。
ワークショップの初日からたくさんの記録と表現のあり方に触れた参加者たち。特別な道具や技術がなくとも、記録と向き合い試行錯誤をしていけば表現ができるという手応えを得ることができた一日となったのではないでしょうか。
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2025年2月から5月にかけて、これまでの「記録から表現をつくる」の参加者有志による二つの展覧会が開催されます。それぞれのリサーチがどのように行われ、表現へと発展させたのか、その成果を見ることができる機会です。ぜひご覧ください!
ひとつ目の展覧会情報は、以下のリンクよりアクセス可能です。
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写真:櫻井莉菜
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