怪我した指に息子が貼ってくれたもの
木曜・ 朝
息子の幼稚園の支度がスムーズに進んだ。
家を出る時間まで少し余裕がある朝になった。
何気なく自分の指を見たら、いつの間にか右手の人差し指の側面に傷があった。
血が少し滲んでいて、割と深く切れていた。
それまでなんともなかったのに、傷があるなと認識したら急にズキズキと痛みだした。
「どこで怪我したんだろ・・」
そう私が呟くと、年中の息子が遊んでいた恐竜のおもちゃを投げ捨て、私に駆け寄る。
「見せて!!ママ血が出てる!!絆創膏持ってくるね!!」
息子は絆創膏が大好きだ。
ドラッグストアにいくと、おねだりされるのは決まって絆創膏だ。
息子は、大きな傷はもちろんのこと、些細な傷にも絆創膏を貼る。
そればかりか、壁の傷にも、やぶれた本にも・・彼は、ありとあらゆる傷ついた場所に絆創膏を貼るのだ。
息子が絆創膏が入っている小さな箱を覗いている。しかし、なかなか絆創膏を持ってこない。
「・・・・・」
恐らく彼がお気に入りの絆創膏しか残っていなかったのだろう。
ママに絆創膏をあげたいけど、お気に入りの物はあげたくない。
そんな息子の可愛い葛藤が箱を覗く姿から伝わり、私は頬は緩めた。
「そうだ!あれを貼ればいいね!」
何か閃いた様子の息子が、今度は文房具の箱を覗いている。
そこからセロハンテープをとりだす。
テープを長めに出して切ると、油性ペンで何かを描いている。
「ママできたよ!」
そういって、私の血の滲む人差し指にセロハンテープを巻いた。
「ママの絵描いたよ。笑ってるお顔描いた。ママの笑ってる可愛いお顔描いとくから、もう痛くないよ。」
息子の描く人の絵はまだ棒人間だ。それでも、ニコニコした髪の長い丸い顔が棒の上にのっていて、それが私であることはわかった。
傷口にセロハンテープは痛い。結構痛いが、それよりも息子の優しいお手当が嬉しかった。
「ありがとうー!!!」
私がそう言うと、息子はぐっと胸を張り、顎をあげた。そして、自分の胸を手のひらで2回トントンと叩いて言った。
「僕はかっこいいお兄ちゃんだから、お怪我も治してあげるからね。ママ!大丈夫だよ!!」
**
そんなたくましい息子と幼稚園バスがくる停留所に向かうため家を出た。
私の傷を気にして、息子は傷のない方の手を繋いだ。
「ママぁ、痛くない?」
「大丈夫だよ。息子が絆創膏(セロハンテープ)貼ってくれたから。ありがとう。」
得意げな息子の足取りは軽く、あっという間に停留所に到着した。
幼稚園バスが遠くの方に見えてきた。
バスを確認した途端に息子の顔色が曇った。
「・・ママぁ・・・お耳貸して。」
息子は寂しそうにそう言って、しゃがんだ私の耳元に顔を近づけた。
「僕はね、絆創膏作ってあげたかっこいいお兄ちゃんでしょ?だから本当は幼稚園にめちゃめちゃめちゃちめちゃめちゃ行きたくないんだけど、頑張って行かないとだね。」
年中さんに進級し、新しい環境に適応するまで時間のかかる息子は、幼稚園に行きたがらない日も多い。それでも進級してからお休みすることなく通えている。
”お兄ちゃんだから頑張ろうね“とは言わないようにしているけど、息子自身は進級して「お兄ちゃんになった」ということを意識しだしている。
今日も、本当は幼稚園にいきたくないけど、息子はお兄ちゃんとして頑張るのだと、自分で覚悟を決めたのだ。
あぁ成長している。息子を確実に成長している。
私がなだめなくても、気分を持ち上げなくても自分で「行くんだ」と覚悟を決められるようになったのだ。
「うん!息子かっこいいね。行きたくないけど頑張るんだね。ママ息子の気持ちわかってるからね。」
バスが停留所に停まる。
息子は、さっきまでの曇った顔を隠してバスに乗り込む。席に座ると、ニコッと笑って私に手を振った。
その息子の頑張っている姿があまりにかっこよくて、私はピースサインをした。
息子は、私にピースサインを返してくれた。
私のピースサインの人差し指には、息子が貼ってくれたセロハンテープが巻かれていた。
息子を笑顔で見送りたいのに、ピースサインの息子と、息子が貼ってくれたセロハンテープを見たら涙が溢れてきた。
・・・
え?こんなことで泣く?
泣くよ。育児は、こんな些細な日常に感動が隠れているものだから。
息子の成長に、かっこいい息子の姿に感動したから泣けてきたのだろう。
決して、傷口に貼られたセロハンテープが痛かったからではない。
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