見出し画像

仕事を辞めよう、と思った夜

辞めよう。
辞めてやる。

と思った。

なんのことか、そう、いまの職場です。

前回の記事で現在の仕事のやりがいに近いことを書いていたというのに、いったい何が!?
と思われたかもしれません。
が、人生って唐突にそういう時が来るよね。

なにもなかったわけじゃない。

木曜。そう木曜に事件が起きた。
前々からなんだか話が通じないな、と思っていた上の人と、密室のようなブースで面談をしなくてはならず(それは何年も前から度々あって、いつも苦しかった)、そのときに言われたことがあまりに意味がわからなかった。

噛み砕こうとしても歯の隙間をぬるりとすりぬけていく。
何が悪いのか分からなかったけど、とりあえず自分の心を守るために「すみません」と言った。

でも一番意味が分からなかったのは、娘が学校に行けていない状態について、

「それはあとどれくらいかかりそうなの?」

と尋ねられたことだ。
娘の学校に付き添って出勤が送れたりすることを「みんなも困ると思う」、だから「いつまで続きそうなの?」という。

分かりません。
そんなの分かるならこっちが知りたい。

これまで何年も堪えてきた怒りのような悲しみのような思いがあふれた。我慢の樽がぶち壊れて中身が流出したという感じだ。

夜になってまた電話で話すことになって、耐えきれず号泣。
号泣するわたしに、
「そうやって泣くのはウツだからだよ」
と言われる。

違います、
あなたの言葉に傷ついて泣いてます。

と、言いたかったが、もういいと思い、何も言い返さなかった。

そんなわけで、たぶんわたしはもうここで働くことは無理だと思う。何年も前から薄々感じてたけど、本当に無理だなと思う。
そうやって辞めていってしまった方がこれまでにもいたのだ。

ただ、勢いですぐに辞めるんじゃなく、ちゃんと落ち着いて冷静に。何も悪くない利用者の若者たちに対して、なるたけサポートをやり切れる形で。

8年も勤めてきた。
最初は「私が対人支援の仕事だなんて!」とおっかなびっくりだったけど、段々とそのやりがいを感じられるようになり、きちんと勉強したくて社会福祉士の資格をとり、精神保健福祉士の資格も来春に取得予定だ。
どのような場所であっても、人の人生をサポートする支援の仕事は続けていきたいと思う。

ま、そんな気持ちになりました、という話。
そんな気持ちになってもいいんだよ、という話。

・・・

娘は保健室登校を続け、カウンセラーの先生や親しい先生と話したり、家では編み物やウクレレをしてリラックスしたりしているうちに、だんだんと顔色も良く元気になってきた。

最初は本当に無気力状態でよほど長引くかもしれんなと思っていたが、今日は担任の先生の配慮でクラスの友達が保健室に遊びに来てくれて、とても楽しく過ごしたようだ。
私立の中高一貫校だからなのか分からないが、不登校の娘に対してスクールカウンセラーさん、担任の先生、親しい部活の顧問の先生などがとにかく配慮をしながら一生懸命働きかけてくださっている。
(私が仕事で関わる公立の高校では、不登校の子に対してこんな風に手厚くフォローしていない場合が多い)

娘が、
「来週の中間試験からクラスに戻ってみようと思う」と言う。

すごいな。
そんなふうに自分で意を決して、そこへ向けてコンディションを整えようとしている娘はすごいと思う。

わたしは一年半もの不登校を経験しているから、そんな娘がまぶしい。

スクールカウンセラーの先生が、他人に気を使いすぎて疲れてしまった娘に対して、

「あなたのそういう性格は、私はとても尊いと思います」

と言ってくださったこと、わたしは忘れないと思う。

・・・

そうそう、神宮のヤクルト最終戦に行ったんでした。

山崎晃大朗の引退試合を見守ることができた。
好きな選手だったから、よかった、と思った。

今シーズンも終わりかあ。
あっという間だったな。

クライマックスシリーズを楽しみにしているところです。

・・・

🐹最近のふくちゃん🐹

娘の手に乗っかる


にっこり寝