ベランダの野望
ベランダに椅子を置いて読書するというのはどうだろうか、と思った。
今朝がた、眠い目をこすりながらベランダで大量の洗濯物を干していて、ふと思ったのだ。
我が家は三人暮らしなのに何故か洗濯物が多い。
まず動物の医者をしている夫の仕事着である「スクラブ」と呼ばれる医療用の上下衣を自宅で洗濯している。汚れると着替えるため、1日に2セット、3セット出る時もある。
娘は汗をかく季節はセーラー服の上衣を毎日出すし、パジャマもほぼ毎日。わたしはパジャマは毎日なんて洗わないが、娘は洗いたいと言う。それプラス、3人分の日々の私服やタオル類だ。バスタオルも毎日洗う。
なんでこんなに毎日大量のものを洗っては干してるのかな、とたまに思うのだが、洗濯のジャンルは家事の中ではまだ苦にならない方なので、粛々と遂行している。
で、干しながら思った。秋が、外気が気持ちいい季節が来るじゃない。
こんな風にあたりながら本を読んだりしたらさぞ気持ちいいだろうな~。
秋はいいよな。読書の秋だよな。
で、干し終えて部屋の中に戻ろうとした刹那、「ねぇ、ベランダに座り心地のいい椅子を置けばベランダで本が読めるんじゃない?」と誰かが心の耳元でささやいたのだ。
誰だよ。
が、これは啓示かもしれない。
一瞬にして、ベランダで椅子に座ってくつろぎ、風に吹かれながら気持ちよく読書をしている自分がぽわわわ~んと脳内に思い浮かんだ。
サイドにはコーヒーとか紅茶も置いたりして、素敵じゃない。
我が家は昨年新しいマンションに越してきたのだが、駅から近い利便性を重視したため景色はさして良くない。
ベランダから見えるのは、駐車場や駅前の花屋さん、あとは他のマンションやアパートくらいである。去年まで住んでいたマンションはたまたま眺望のいい場所に位置しており、富士山や東京タワー、スカイツリーなどがはるかに見渡せた。夕暮れや朝方にはダイナミックな空が見渡せるので、よくベランダでぼーっと空を見ていたものだった。
いまの家は、夕焼けもほぼ見えない。だからベランダで時間を過ごすという発想がなかったのだ。
この家のベランダはわりと広くて、内覧のときに不動産会社の人が「ベランダが広めなのでテーブルを置いて食事することもできますし~」なんて言っていて「いや、ベランダで食事はせんよ…」と心の中で呟いたことを思い出した。
目隠しがあるので、ベランダに座っているところを誰かに見られるということはない。座ると空だけが見えるような感じ。
くつろいでいて落ち着かない、ということはなさそう。
いいねいいね。
思いついたら考える前に即行動、がわたしのモットーというか抑えきれない安直な性格のいかんともしがたいところである。すぐにスマホを手にとる。
外に置く椅子、ということになると、これはやはりキャンプ用品になるのだろうか。
ためしにGoogleに「ベランダに置く椅子」と打って検索してみる。
すると、なんと世の中にはキャンプ用品とはまた別に「アウトドア家具」というジャンルがあることを知る。
アウトドアソファ。
そんなのあるなんて知ってました?
わたしは知らなかった。
ソファってやつは部屋の中に置くものだと思っていましたからね……。まさか、外にソファを置くという概念があるとはね。
もし、ベランダに寝そべることができるようなソファが置けたらすごくいいじゃん!いいじゃんいいじゃん、と胸ときめき、検索結果の一番上のオンラインショップを覗いてみると、
ひと桁、見間違ってる???
見間違ってないね。57万だね。
そんな値段のソファを万が一買うことがあったら、それはちゃんとリビングに置きたいよ。
あとこれはたぶん我が家のベランダに置くような代物ではない。軽井沢の別荘の広いお庭とか、ドバイの高層マンションのルーフバルコニーとかにどっしりと設置するものだろう。
一瞬絶望を味わったが、気を取り直して、今度はIKEAのページを見てみる。
う~ん、いいじゃん。
本当はソファに寝そべりたいけど、ソファだと一度置いたらなかなか動かせなさそうだ。
まずは上のリクライニングチェアでいいんじゃないかな。
心が踊る。
調べたら我が家から行けるIKEAにも在庫があるみたい。
来週は憂鬱な予定がいくつかある(病院)から、自分を元気づけるためにも買っちゃおうかな。
というかそんな理由付けなんてもはやどうでもよく、すっかりやる気。
繰り返すようだが、わたしは思いついたら即行動(そして失敗、あるいは継続)の人生である。
勤務中の夫に、即、電話をする。
勤務中にかけるなよとお思いかもしれないが、獣医は診察してなければヒマなのである。
出た。
「もしもし。手短に言うけど、明日、IKEAに車で連れてってもらえるかね」
「え?どうして」
「…………ちょっと椅子を買おうかと思って」
「そう。わかりました」
わかったんだ。
椅子ってなんの?どこに置くつもり?などの詳細をまったく聞かないのが夫のいいところである。わたしなら尋ねる。椅子ってなんの?と。しかし夫は細かいことは本当にまったく気にならないようなのだ。
ベランダで読書計画、夢がむくむくと広がる。
どうなることやら、頓挫の可能性もはらみつつ、またご報告いたします。