「いい時間」を求めて、京都・大阪・奈良へ。30代ふたり旅のスタイル。
あれもこれも見たい。あれもこれも食べたい。
欲張りな私は、いつも予定をぎゅうぎゅうに詰め込む旅ばかりしていた。
でも、夫と旅するようになってから、旅のスタイルが少し変わった。
きっかけは、夫と付き合いはじめたばかりの頃まで遡る。
付き合って3ヶ月目くらいの真夏のある日、私たちはディズニーランドにでかけた。私は、あまりディズニーランドに来たことがないという彼を楽しませなければと使命感に駆られていた。
人気のアトラクションに並んでいるとき、彼はにこにこして言った。
「待っている時間も楽しいね」と。
そっか、がんばって楽しませようとしなくていいんだと、肩の力がふわりと抜けた。
相変わらず、ひとりで出かけるときには予定を詰め込んでしまうが、彼との旅では、あれもこれもと欲張らずに、その旅で「いい時間」を過ごせたらそれでいいんだと思えるようになった。
◇
先週末、単身赴任中の夫と、単身赴任先から我が家までの中間地点くらいの京都で落ち合って、京都・大阪・奈良を3泊4日で旅した。
宿は、駅の近くに取った。大浴場つき。のんびりとくつろげそうな宿だ。以前はできるだけ安い宿に泊まって、宿ではほぼ寝るだけだったけれど。
少し大人になった私たちは、まずは宿に荷物を置いて、どこに行こうかとのんびり考える。疲れてきたら、一旦宿に戻って、お風呂に入って、少しお昼寝して。無理せずに、背伸びせずに、のんびり暮らすように旅をすることを覚えた。
京都駅の近くのホテルに荷物をおいた私たちは、ホテル近くの焼肉屋「益市」へ向かう。ちょっと遅めのランチ。
晴れていたら、自転車を借りてサイクリングする予定だったけれど、雨がポツポツ降ってきたから、バスで移動する。京都国立近代美術館で開催中の「LOVEファッションー私を着替えるとき」展へ。
歩かないマネキンたちが飾られているのに、ファッション・ショーを見ている気分になる展覧会だった。
服は、ただ身につけるものではなくて、自己表現でもあり、風景の一部にもなるんだなぁ。
雨が降るなか、美術館のそばのギャラリーや小物やさんをぶらぶらと見る。
甘味処のまえの木に小鳥たちがとまって鳴いていると、夫が「あんみつがさえずってる」と言って、お店の前まで私を連れていく。
あんみつはさえずらないよ。
残念ながら、お店は営業終了していたから、おとなしく宿に戻る。
雨で身体がすっかり冷えていたから、お風呂に入ることにした。岩盤浴もあって、じわぁっと身体の芯からあたたまる。サウナよりも、ゴロゴロできる岩盤浴派の私。露天風呂でお風呂で雨の音を聴いて、岩盤浴でゴロゴロして。はぁ、癒される。
この日泊まった宿は、ロイヤルツインホテル京都八条口。いいお宿だった。
お風呂からあがってから、夕食へ。向かう先は、「人の味 舌の味 ふくざわ」。
このなかなか独特な店名に聞き覚えのある方もいるかしら。
私たちが、以前京都を訪れたときにも、利用したお店だ。
いろんな「はじめて」に出会えるのが旅の醍醐味ではあるけれど、こうして思い出の場所を再訪できるのもうれしい。大人になってからの楽しみ方かな。
ふわふわぷりぷりの穴子天は、思い出のおいしさそのままに。
前回は注文しなかった牛すじ煮込みも、じゅわぁっと旨みが口のなかでとろける。おいしすぎる。ああ、もう全メニュー食べてみたくなっちゃう。
きっとまた京都に来たら、このお店に来たくなるだろうな。
◇
次の日も、ざぁざぁ雨が降っていた。夫はすやすや寝ている。少しだけ目をあけて「おきたよ!」と言って、数秒後にまた寝てしまう。
「いつでも、いつまでもねむれちゃう」とムニャムニャ言いながら。
すっかり目が覚めた私はひとりで散歩にでも行こうかとも思ったが、外は雨だから朝風呂に入ることにした。雨音を露天風呂で聴く。浴室を出るとき、脱衣所にいた子と目が合うと、Good morning!と笑顔で言われる。
うん、「いい朝」だ。
ねむそうな夫を起こして、ホテルを出た。
私は、雨に備えて、リーガルのゴアテックスの革靴を履いていた。雨が染み込まず、蒸れることもなく、見た目は普通に革靴だからどんな服装にもあわせやすい。雨の日のおでかけにおすすめ。
夫は雨の日にはいつも楽しそうに長靴で歩いているが、今回の旅には長靴を持ってこなかったらしい。
「格好つけちゃったの」と夫はシュンとしている。
そういうこともあるよね。
この日も、思い出の味を再訪。おいしいスイーツを求めて「kew」へ。以前訪れたときは、予約せずに行って、お店の外の小さなテラス席で、お店の看板になった気分を存分に味わいながらスイーツをいただいたが、今回はちゃんと予約して行った。でも、今回も窓際のカウンター席だから、道ゆく人たちの視線を感じつつ食べる。こんなにおいしそうに食べてごめんね、と思いながら。
ケーキたちは、甘くて、ふんわりとろけて、ひとくち食べるごとに私も夫もふにゃぁっと笑っちゃう。
雨はなかなかやまない。この雨だとお寺や神社をめぐるのは大変そう、ということで私が行ってみたいと思っていた本屋さん恵文社へ。
本屋さんで雨宿り。
どの棚も、つい手にとってみたくなる本が並んでいて、ほんのちょっと立ち寄るつもりが、気づけば1時間以上経っている。
それほど本を読まない夫も、楽しんで見ているようだった。
旅先では荷物になるものを極力買わないようにしているのに、ハードカバーを2冊買ってしまった。夫は、なぜか私の父にお土産を買っていた。
内藤礼さんは豊島美術館を大学生の頃に訪れて以来のファンだけど、今年開催した展覧会「生まれておいで 生きておいで」をみてから、内藤礼さんの言葉にも触れたくなった。
私がいつか家を建てるならこの人にお願いしたいとひそかに思っている建築家さんが、中村好文さんの建築事務所ご出身の方で。中村好文さんの建築は、シンプルだけど、味気ないのではなく、味わい深いデザイン。
京都なら、お寺とか神社とか、見ておきたいもの、見ておいたほうがいいものはきっとたくさんあるのだろうし、雨じゃなければもっといろいろ見られたのにとも少し思ったけれど。
でも、のんびりケーキを食べて、本を眺めて、よくばりすぎないからこその、贅沢な時間の使い方かもしれない。
バスで京都駅へ向かう。バスを降りると、雨が止んでいた。ホテルで荷物を受け取り、大阪へ。この日は、大阪の中之島近くに宿をとった。中之島まで徒歩3分くらい。
ホテルで少し夕寝をしてから、夕食へ。
Googleマップで、営業中のお店のレビュー写真を見比べて、おいしそうなお店を選ぶ。
おいしいものは見た目からおいしいんだと、料理上手の父が言っていた。
たしかに、私も料理をするようになって、おいしいかどうかは見た目でだいたい想像できるようになった。
夕食に夫を誘うが、靴がぬれて元気をなくした夫は、珍しくぐずぐずしていた。顔が濡れて力が出ないアンパンマンのようだ。
しかし、私のおなかがグーグー鳴りはじめると、待たせるのを気の毒に思ったのか、すぐに切り替えて準備をしてくれた。ありがとう、夫。ありがとう、私のおなか。
この夜訪れたのは、和じ庵。
お通しで出されたのが、松茸と春菊おひたし。
え、松茸?
松茸がお通しに出てくるなんて。知らずに高級店に足を踏み入れてしまったのか。いや、さっき調べたときはそんなに高くなかったはずなんだけど。
と内心少し焦りつつ、ひとくち食べる。
なにこれ。うんまぁ。松茸って、こんなに香り豊かなのか。
お通しからこんなにおいしいなんてびっくり。
雨に濡れて元気をなくしていた夫も、すっかり元気を取り戻し、目をきらきらさせて、これもおいしそう、あれも食べたいと言ってにこにこしている。
これだけたっぷり食べて、お酒もグラスで一杯ずつ頼んで、ふたりで7,000円くらい。松茸にビビっていたけれど、安すぎるくらいだった。
◇
次の日の朝、清々しく晴れていて、夫もすんなりと起きられたようだ。
きもちよく目覚めた朝からはじまる1日は、きっといい日になる。
やわらかな秋の光が差しこむカフェで、朝食をとった。
ふんわり甘いクレープの香り、洗練されたインテリア、川から吹く風に揺れる木漏れ日。すべてが心地よい。
料理が運ばれる前から、いいカフェだね、近所にあったら通っちゃうね、と夫と話す。
ほのかな甘みのもちもちクレープ。しゃきしゃきの野菜たっぷりで、旅行中の野菜不足を解消してくれる。
朝食後向かったのは、大阪中之島美術館で開催中の「塩田千春 つながる私」展。
どんな展覧会なの?と夫に訊かれていたが、見てのお楽しみ、ともったいぶっていた。
会場に足を踏み入れた夫は、私が予想したとおり、圧倒されていた。
ももは何に見える?
蜘蛛の糸みたいでもあるけどさ、繭のようにも見えるね。
作品をみつめながら夫が言う。
こういう、美術作品と出会ったときにふとこぼれる言葉を拾いたくて、私は美術館の学芸員をしているのかもしれない。
塩田千春さんは、ちょうど私がヴェネツィアに留学していたときにヴェネツィア・ビエンナーレの日本館で展示されていた作家だ。
塩田千春さんの作品は、圧倒的な手業と技巧が見てとれて、すごさがわかりやすい。
だけど、ただ無邪気に、わぁきれい、とは言えなくて。
いのちの温もりだけではない、いのちの重み、生々しさ、生臭さも感じさせる。
これほどの労力をかけて紡ぎ出す作品の引力に吸い寄せられて、いつしか観る者も作品の内奥へと絡めとられている。
展覧会会場のシリアスさとは裏腹に、お土産売り場には、「つながるわたしたわし」という名の毛糸タワシや、糸つながり?で「揖保乃糸」が売っていたりして、このユーモアはさすが大阪だなぁと笑ってしまった。企画した人も絶対楽しんでるな。
このあとは、同じ中之島にある国立国際美術館の「コレクション1 彼女の肖像」展を鑑賞した。いま私が企画している展覧会のテーマにも重なる内容だったから、どこまでテーマを広げるか、どう収束させるのがいいだろうと、展示を見ながらぐるぐると考えていた。
国立国際美術館を出たあとは、電車で奈良へと向かう。
奈良の宿は、ノボテル奈良。新しくできたばかりのホテルは、部屋も広々としていて、お風呂のほかに、ジムもあった。
1日目、2日目が雨であまり出歩けなかったため、3日目のこの日にも体力が残っていた。外は気持ちよく晴れている。ホテルから奈良中心部へサイクリングすることにした。私たちは、旅先でよく自転車を借りる。観光地では車が混み合うから、バスやタクシーよりもすいすい好きなところを見られるのだ。運動不足解消にもなるし。欠点は、雨の日に使えないことかな。
ホテルから出て、奈良公園近くに自転車をとめる。
神社でおみくじを引いた。
私は、大吉。夫は凶だった。
でも、夫に何かあれば、私が大吉ではなくなってしまうから、きっとたいしたことは起こらないよと夫を慰める。
日が暮れはじめていていて、肌寒くなってきた。夫はシャツ1枚で少し寒そう。大丈夫?寒くない?と尋ねる。
「大丈夫。ちょっとやせがまんしてるだけ」
と夫は答える。
それは、大丈夫とは言わないね。
私が温かい飲み物を買って戻ってくると、夫が鹿に食べられていた。鹿が夫のシャツの裾をムシャムシャかじっている。「たすけて」と夫は涙目になっている。
道中、たくさんの鹿を見たが、人にかじりついている鹿なんていなかったのに。夫がおいしそうだったのかな。かわいそうだけど、なんだかおかしくて笑ってしまう。鹿に下がってもらって夫を救出する。
◇
次の日の朝、奈良をそのまま観光するか、京都まで戻るか、少し悩んだが、そのまま奈良を観光することに。
まずは自転車で、中谷堂へ。
商店街を抜けると、訪れたいと思っていたレストランの前に出た。
ネットで事前に見たとき、この日は休みの日だったから諦めていたけれど、表にメニューが出ている。急いでお店に連絡して、ランチを予約できた。
ランチの予約時間まで、志賀直哉旧居を見学する。作家志賀直哉が自ら設計した家らしい。
どこを切り取っても絵になる。
秋晴れの清々しい朝の空気が、部屋の隅々にまで行き渡る。
伝統的な日本家屋のなかに、和モダンな洋室も取り入れている。
この写真の奥に、縁側でひなたぼっこする夫が写り込んでいる。
夫はどこでも隙あらばひなたぼっこして、のほほんと寛ぎはじめる。
週末の夜に、今日は何していたの?と聞くと「まったりしてた」と返ってきたりする。
私の実家に帰省したときも「ひとの家でこんなに寛げるのはすごいな」と父も感心していた。
志賀直哉旧居を出たあとは、ならまちを散策。
「風の栖」さんで、ポストカードと小さな花瓶を購入。ポストカードはこのお店のオリジナルのデザインなんですよ、この花瓶には野の花がよく似合いますとお店の方が教えてくれた。
そして、お楽しみのランチタイム。
フレンチのお店だけど、和テイストにアレンジされている。しみじみとおいしい。
実は、私はこのお店に学生の頃に来たことがある。そのときは、友人と一緒だった。
私は彼女と一緒に、金沢、奈良、京都、神戸、倉敷、瀬戸内海の島々、フランス、イギリス…いろんなところへ旅をした。
仲間内で「天使ちゃん」と呼ばれていた彼女と見る景色は、いつもキラキラ輝いていた。
彼女は常に首からカメラをさげていて、「写真を撮ると”待ち時間“がなくなるんだよ」と言っていた。
どんな瞬間も、切り取れば、そこにはかけがえのない時間が映し出されることを教えてくれたのが彼女だった。
私の思い出のなかでキラキラ輝いていたランチは、いまも変わらずおいしかった。
「おいしいね」と笑う夫の笑顔も、まぶしく煌めいている。
思い出は上書きされるわけではない。
層になって積み重なってゆく。
いまは夫以外のだれかと旅をすることはほとんどなくなったけれど、夫とのふたり旅があまりにも心地よいから、それをつまらないとか、寂しいとは思わない。
でも、またいつか、友人と旅に出るのも楽しいだろうなと思う。そのときは、夫との旅を重ねることで覚えた、いい時間を過ごす旅を提案してみたい。
夫とは奈良で別れ、私は自分の家へ、夫は単身赴任先へ帰る。
さっきまで一緒にいた、ひだまりのような夫が隣にいないのはやっぱり寂しい。
でも、カメラのなかに、まぶたの奥に、夫との旅の記憶が焼きついている。
夫の単身赴任が終わるまであと少し。いつもならこの時期には、今年も終わってしまうんだと哀しいきもちになるけれど、今年は11月からクリスマスソングを聴いて、早く年末にならないかと待ち遠しく思っている。
旅は、家に着くまでが旅だから。
今度は、家まで一緒に帰ってこられる旅がしたいな。