マガジンのカバー画像

ショートショートノノート

14
ショートショート習作集。随時更新。 ショートショート投稿サイトなどに投稿した作品や、未発表のものなど若干修正など加えつつ公開して行くかもしれません。
運営しているクリエイター

#ショートショート

見たことのない絵

見たことのない絵

「たのしみだなあ」少年は白い包帯で覆われた目で遠くを見るようにしてそういった。
 もしかすると少年はそのときすでに、包帯の下で閉じられた瞼越しに淡い光を感じていたのかもしれない。包帯が取れたらパリのルーブル美術館へ行いけるのだ。そして夢にまで見たモナリザを見ることができるのだ。「たのしみだなあ」少年はまた遠くを見るように、まるでそちらの方向にパリがあるように顔を上げてそういった。

 少年は生まれ

もっとみる
回文ショートショート・サンタクロースの実存

回文ショートショート・サンタクロースの実存

呼ぶよ。トナカイ、行かなと。サンタさんサタンさと。仲いいかなと。呼ぶよ。

 サンタクロースは煙突から家の中に入ってくるという話にはあまり現実味がなく、そのことがサンタクロースの存在を否定する根拠とされるケースがまま見受けられるが、いうまでもなくそれは間違いである。一体どういうわけでそのような話が広まってしまったのか、いまとなっては確かめようもないのだが、あるいはそのような荒唐無稽なストーリこそ、

もっとみる
回文ショートショート・ 柿太郎

回文ショートショート・ 柿太郎

蔵暗く 鹿、案山子、狗ら苦楽
くらくらくしかかかしくらくらく

上 案山子とイヌ

 柿から生まれた柿太郎
 あられぽりぽり鬼退治
 あらあら鬼さん泣き出した
 柿太郎印の柿あられ
 鬼の格好をした売り子がそんな唄をうたいながら、タレの焦げる匂いをプンプンさせた屋台を引いて歩くと、屋台の後には子供たちの長い行列ができた。子供たちが面白がって鬼に合わせて唄うと、今度は大人たちまで何事かと窓から顔を突

もっとみる
回文ショート・ショート/時計塔

回文ショート・ショート/時計塔

時計叫ぶ、今朝、行け!と。

 その小さな市には、市の規模からすればやや不釣り合いなくらい大きな古い時計塔があった。その麓にひとりの男の赤ん坊が捨てられていたのは、いまから何十年も前のことである。赤ん坊は時計塔の管理人夫婦によって発見され、そのまま、子供のいなかった夫婦に引き取られた。ところがいったいどういう訳か、管理人夫婦は赤ん坊に名前を付けるのを忘れていて、赤ん坊のことをただ”坊や”と呼んでい

もっとみる
マイネームイズマイナンバー

マイネームイズマイナンバー

 あたしの名はルナ。美少女戦士。黒い霧一味からこの世界を護るため、放課後になると同じ学園の仲間と一緒に戦ってる。
 ところでなんで美少女が巨大な悪と戦わなきゃならないか、君たち真剣に考えたことある?その秘密はね、恋するパワーにあるって思うんだ。ほら、恋ってすごいエネルギーの塊みたいなもんでしょ。だから恋する乙女のパワーは最強なんだよ。
 そりゃもちろん男の子だって恋はするだろうけど、なんとなく恋す

もっとみる
帽子の似合う叔父さん

帽子の似合う叔父さん

 母の叔父に当たる吾郎叔父さんは、いつも贔屓のチームの野球帽を被っていたので、子供の頃、私は叔父さんのことを帽子のおじさんと呼んでいた。比較的近所に住んでいた叔父さんは、父親のいない私を気遣ってか、頻繁に我が家に遊びに来ては、父親代わりに私の遊び相手になってくれたものだった。
 いつもは野球帽を被っていた叔父さんだったが、葬式や結婚式など少しかしこまった集まりのある時は、黒いニット帽を被っているこ

もっとみる
大魔王とゴマくん

大魔王とゴマくん

「おーい、誰かおらんのか。」
大魔王が煙になって壺の中から出てみると、外は真っ暗でそこに人の気配はなかった。
 大魔王は自分を呼び出した主人の願いを三つ叶えなければ壺に帰ることは赦されない。それが大魔王にかけられた呪いなのだった。
 大魔王は途方に暮れ、小さくなって壺の口に腰掛けた。
「もしもし。」
 そう呼びかける声がして大魔王が振り返ると、闇の中に小さな赤い光が灯っていた。
「これはこれは、そ

もっとみる
行進曲

行進曲

サル、ゴリラ、チンパンジー
 確かあれは古い戦争映画のテーマ曲だったのではないだろうか。病院の待合室でモニターに表示されている順番待ちの番号を眺めていると、小学校の運動場で何度も何度も繰り返し聞かされたあの行進曲が蘇ってきた。
サル、ゴリラ、チンパンジー
子供だった私たちはその行進曲にそんな歌詞をつけて笑っていた。
 いったい何のためにそんなことをするのか当時は全く理解できなかったのだが、私の通っ

もっとみる
秋刀魚の味

秋刀魚の味

 サンマと聞いて「テレビでヒーヒー笑っているおじさん」と連想する人もあまりいなくなってしまった程の未来、日本の食卓からは秋の味覚であるサンマは完全にその姿を消していた。食卓だけではない、かつてそんな魚が海を泳いでいたことすら、ほとんどの人はとっくの昔に忘れてしまっていた。ある年を境にサンマはこの地球上からこつ然とその姿を消してしまったのである。
 サンマが居なくなってしまったことに最初に気がづいた

もっとみる
静寂

静寂

見んな見んな見んな見んなどこみとんじゃいいいいい。
「じゃかましボケ誰も見てるかドアホ」
見んな見んな見んな見んなどこみとんじゃいいいいい。
「見てへんいうとんじゃカス食ったろかドアホ」
公園では、いまどき珍しい長ランにリーゼント姿のツッパリが、蝉とタイマンを張っているところだ。その少し離れたところから、おじいさんと、おじいさんに手を引かれた男の子がその様子を眺めていた。
「見てご覧。ああいうのを

もっとみる
シン・タイムマシン

シン・タイムマシン

冷蔵庫編
 一見すると電子レンジのような形をした逆時間発生装置の扉を開き、明智博士愛用の高級腕時計を取り出した助手の小林くんは、時計の文字盤を確認してから、明智博士に腕時計を手渡した。時計の針は実験を開始した一時間前の時刻を示していた。
「博士、ついにやりましたね。」
「うむ。」
 明智博士が逆時間理論の着想を得たのは、わずか10歳のころだったという。それから70歳になる今日まで、博士は逆時間理論

もっとみる
ひきこうもり

ひきこうもり

よ、夜ってみんなが寝静まっていて静かだし、過ごしやすいかなって思って。

コウモリは緊張してしどろもどろになりながらそう答えた。

では、何故逆さまにぶら下がるなどという不自然な体勢で休んだりするのか、その理由をお答え頂きたい。

そ、それは、昼間休むことが多いので、必然的に、その、その、その時間に日の差さない洞穴に住み着くことが多くて、それであの、そういう所は天井とかしかつかまるところがないので

もっとみる
休業人間(シリーズ人間より)

休業人間(シリーズ人間より)

休業人間
非常事態である。
私もしばらく人間を休むことにした。
とはいうものの人間だもの、いったいどうすれば・・。
人間だもの。間だもの。
けだもの。にでもなってやろーかい(ちょっと強引だけど。)

ギャオーン・・・・・。 虚しい。

じゃあ虫かな。カナカナカナカナ・・・・・。
なんか違う。

そうそう人間は考えるなんとかといいますね。
考えなければいいの

もっとみる
春が来た

春が来た

「はあるがきいたあはあるがきいたあ」
「カーッ!」
 可憐な少女の歌声を遮ったのは禅寺の和尚ではなく、町内でカントクと呼ばれている、自称元映画監督の町内会長だ。ここコミュニケーションセンターの会議室では、毎年四月一日に開催される桜祭りのリハーサルが行われていた。
「ハイッ!もう一回!」
「はあるがきいたあはあるがきいたあ」
「カーッ!もう一回!」

 少女の瞳は燃えていた。少女の夢はアイドルになる

もっとみる