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大伯皇女

『うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を弟と我が見む』

天武天皇を父とし、幼くして母を亡くし、弟の大津皇子と二人支え合って生きてきました。

天武天皇が亡くなり、持続天皇は、自分の息子 草壁皇子を皇太子にしたかった。

大津皇子は、体格もよく、知力もあり、文武両道に優れていた為、謀反のかどで、処刑されてしまいます。

大津が処刑の前に涙を流してお作りになったうた。

『ももづとふ 磐余の池に鳴く鴨を 今日のみ みてや 雲隠りなむ』

磐余の池に鳴いている鴨を、今日限りに見て私は死んでいくことであろうか

私は2003年3月、妹と二上山に登りました。
大津皇子の無念を想い、御陵を尋ね、お参りしたかったのです。

大伯皇女のうた もう一首
『磯の上の 生うる馬酔木を 手折めど 見すべき人の ありと云わなくに』

馬酔木を手折うと思うけど 見せるべき弟はもういない

私は馬酔木の花が咲くと、このうたを思い出し大伯皇女の寂しい気持ちに思いを寄せます。

次は 、但馬皇女(たじまのひめみこ)

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