教育のデジタルシフト
探究をする上で必要不可欠であり、前提条件とも言えるデジタルツールの活用、教育のデジタルシフトは、はたしてどこまで進展しているのだろうか。
毎年公表されている「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」の2021年度の調査結果によると、教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は、5年前の2017年度から順に、5.6人、5,4人、4.9人と推移し、GIGAスクール構想発表後の2019年度には1.4人となり、2020年度にはついに0.9人となり、数値の上では1人1台を上まわる整備状況となった。
私が着任した2016年度以来、県外からの進学者が8割を超える都留文科大学において、全国各地で毎年2〜5校程度の小中高で教育実習の研究授業を参観し、志願者確保のための広報活動として全国の高等学校で出前授業をおこない、学術研究費を使ってさまざまな教育現場を訪問してきた私の目から見ても、教育現場の変貌には目を瞠るものがある。
今や教室の中にGoogle Meet や Zoom を開いた端末が常設されていて、コロナ禍や不登校などの理由で自宅にとどまっている児童生徒のために授業をオンライン配信することが日常化している学校が珍しくない。普通教室の無線LAN整備率も90%を超えた。これらに比べるとやや低いとは言え、普通教室の大型提示装置整備率や指導者用・学習者用デジタル教科書整備率も80%を超えている。
ただし、実際に足を運んで見て回った学校や教員研修会などで対面する教員の印象を総合すると、「学校における教育の情報化の実態」は、まだまだ混迷と停滞から脱しておらず、明るく明確な展望を描くことができる状態ではない。
たとえば、1人1台端末が実現したと言っても、ドリル学習用のアプリをするためにしか使われず、自宅への持ち帰りをさせていない学校が依然として目立つ。デジタル教科書の普及率が80%を超えたと言っても、それは「指導者用デジタル教科書」の話であって、「学習者用デジタル教科書」の普及は40%にも満たない。しかも紙の教科書と同一の内容をデジタル化することが原則になっているために、インターフェイスを端末に合わせて変化させたり、教科書のテキスト情報や画像情報をクラウド共有しながら作業したり、デジタルの特徴を生かした活用の可能性については、まだまだ未開拓で不十分なところがある。
情報端末を使うことによるリスクに対して警戒する警戒心が過剰で、端末に数多くの制限を加えてしまっているために、自由に情報にアクセスしたりファイルをクラウドで共有したりすることができない場合も目立つ。
したがって、対話的で協働的な学びを展開することは難しく、これからの時代に求められる探究的な学びを実現する条件がととのっているとは言えない。
Wi-Fiについても、十分な通信環境の強度を持っていない場合が多く、端末との組み合わせなどにおいて悪い条件が重なると、スムーズに操作することができなくなり、授業の進行を阻害する場合もまだまだ多い。
そもそも大型提示装置の普及率が、依然として「学校における教育の情報化の実態」を評価する指標であり続けていることにも問題があると言わざるを得ない。SAMRモデルを持ち出すまでもないことだが、教師が教壇で大型提示装置を使って教える授業は、チョーク&トークの教え込み型の授業と構造的には同じである。
Wi-Fiが整備され、1人1台端末が実現した今、教室内の生徒にGoogle Meetのコンパニオンモード(音声オフ)でアクセスさせ、画面共有によって資料を見せることが日常化した教室では、大型提示装置はもはや無用の長物と化しつつある。角度によっては見ずらいスクリーンを凝視するよりも、机上の端末で資料を見たほうが詳細をしっかり確認できるし、集中できる。それでもなお、大型提示装置で何かを見せることに教師がこだわるのだとしたら、教壇を眼差してくれている状態に対する満足感、教師の自分が中心となって授業が展開している状態がもたらす安心・安全を担保するためでしかないのかもしれない。
すべての教室にプロジェクターが配置され、1人1台端末の整備が実現したとしても、教員が用意した資料を大きく映し出し、指示を与えて端末でドリル学習の類をするだけであれば、教育のICT化が実現したと胸を張って言える状況ではない。
これは、SAMRモデルで言えば、黒板の代わりにプロジェクターを使い、ワークシートの代わりに端末を使っているだけであり、いまだ「S代替」の段階である。授業のあり方を時代に合わせてアップデートしていくためには、教師が生徒に教えるという従来の学校教育的な構造が温存される「S代替」や「A拡張」の段階を脱し、学習者がさまざまな他者と情報を共有し、協働しながら主体的に学ぶ「M変容」の段階に歩を進める必要がある。
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【注記】
先月(2023年3月)刊行された『早稲田大学国語教育研究』第43集の特集「探究的な学びとICT」のために書いた「国語教師はICTといかに向き合うべきか―探究的な学びとデジタル・トランスフォーメーション」の草稿の一部(第三節)である。ウェブ閲覧用に改行を増やすなど、若干の加筆修正がほどこされている。
※第一節「教師の安心・安全と児童生徒の未来」はこちら
※第二節「ICTとはなにか」はこちら
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