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岸辺露伴は動かないけど、オイラー円板は止まらない?

 「小人閑居して不善を為す」とはよく言ったもので、今回のお題はちょっと暇になったからと余計なモノに首を突っ込んでしまったおはなし。
 
 以前なにかの調べ物をしていた時に、「オイラー円板」なる遊具に関する学術文献を見つけた。子供のころ父親に、テーブルの上に10円玉を立て指で弾いて回す遊びを教えてもらった事を思い出した。

露伴先生、こうですかぁ?

 10円玉はアイススケーターのごとく、テーブルの上をくるくると滑走した後に味噌すり状に回りながら倒れていく。誰が一番長く回せるか兄弟で遊んだ思い出。それをさらに効率化して2分くらい回せるようにしたのが「オイラー円板」という遊具のようだ。
 
 最近この遊具が注目を集めるようになったのは、円板が制止する直前に高い音を発する挙動について、物理学的に解釈する試みが始まったことにある。空気の粘性抵抗、または転がり摩擦によるエネルギーの散逸など、様々な議論が交わされている。文献をひとつ読んでみると、そこに書かれた物理モデルに「摩擦抵抗をゼロ」とした簡易モデルについて論じられているのを見つけた。それにふと違和感を覚えたのだ。
 
 例えば、CAEを使ってこの現象の再現を試みるとして、先ず必要となるのは起点となる円板の回転運動だ。前述の10円玉回しでは先ず左手の人差し指で10円玉の頭を垂直に抑え、次に右手の人差し指で10円玉の端を弾いて回転させる。10円玉の頭を押さえるのは、10円玉を回転させるためにテーブルとの接触部で仮固定させるためだ。ピンポイントに固定することで10円玉は右手から受けた力を直進から回転へと転じさせる。この仮固定を可能にしているのは、左手からの垂直抗力によって生じる摩擦抵抗である。だから私の感覚では、摩擦がなければこの運動は発生することすらない。摩擦を前提に運動モデルを立てるのが正しいアプローチであると考えたのです。

 検証するに丁度よいツールがある。有限要素法、Abaqusによる検証だ。
 
 モデル化にあたって、実際に私が体験したオイラー円板をモデル化しようと考えた。10円玉モデルでの再現だ。直径20mm、板厚0.8mmの円板を3D入力し、1辺200mmの剛体の上に配置する。

こんな感じで。

例のごとく円板はちょっとだけ剛体から浮かせておく。ソルバーは動解析ということでDynamic Explicitを選択し、一般接触・重力加速度・それから円板を回すための集中力:50mN(5グラムくらいの力です)と、摩擦係数を0.3。摩擦係数0.3は、鉄同士を接触させたときの係数で、高校の物理の問題ではたいてい使われている係数です。それもあって円板の物性値は、SS400という鉄鋼材料の数値を使わせていただきました。(普段つかわないから銅の物性データ、持ってなかったの)

 解析STEPは2つにしました。先ず円板に回転を与えるSTEP、50mNの力を微少時間0.01秒間だけ加えるというもの。それから50mNの印加を止め、円板の運動を観察するSTEP。このSTEPでは重力加速度9.806m/s2を鉛直方向に加えているだけになります。観察STEPは円板が止まるまで計算するため、運動時間を2秒間に定めました。

 まずは成功した解析例。円板の回転から円周運動、停止まで上手く再現できました。でも、もうちょっと長く回転させたいな、と考えて、ちょいと条件をいじったのが沼の始まりだったのです。

 計算が収束しなくなったのです。要素サイズを変えたりといろいろ試しましたが、どうしても停止の直前でエラーになってしまう。なにがいけないのかひと晩悩んだ末に、ひとつの考えが閃きます。「円板が制止する直前に高い音を発する挙動」。つまりこれ、円周運動から発散が始まり、果てに不連続で突然停止するって運動なんじゃないの?

く、、、くしゃが、ら?

 それは収束しないよ。FEMが苦手な運動モデルだ。いやしかし待って?最初のモデルはちゃんと収束したジャン。そこでグラフから、解析結果を見直すことにしました。

運動エネルギのグラフ

 運動エネルギーのグラフは興味深いものでした。円板が回転から円周運動に転じた様子がしっかり再現されています。振動しながらも運動エネルギは減少して、停止に至る様子が確認できます。

ひずみエネルギのグラフ

 問題は内部ひずみエネルギのグラフにありました。何だコレ?ひずみエネルギーがどんどん溜まっていく。
 
 衝突解析などでは、ひずみエネルギが減少する様子で緩衝効果の観察をしています。こんな風に増加していくモデルを見るのはこれが初めて。比較のため前回の「賽は投げられた」で計算したダイスの解析結果を見てみましょう。

ダイスのひずみグラフ

 緩やかに上昇はしていますが、最初の落下エネルギを超えるような挙動にはなりません。オイラー円板では何故こんな波形になるのか?
 
 あー、摩擦か。摩擦によるひずみが蓄積されているんだ。
 
 実際の現象では、この摩擦によるひずみは蓄積されず、材料内で熱エネルギに変換されて散逸しているのでしょう。しかも円板は高速で回転しています。強制対流が発生して、どんどん熱が逃げていく事になる。このひずみを逃がすペナルティを与えないと、オイラー円板は収束しない解析モデルとなってしまう様です。
 
 てコトはアレか。冒頭の「摩擦をゼロとする」って運動モデルは、問題を回避するのに必要な条件だったんだ。考えナシでやってる事ではなかったんだなぁ...

もぉ!!

 ちなみに挿絵に使った「岸辺露伴は動かない」のキャラですが、実は今日、劇場版を観てきましたw、いやー面白かったですwww

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