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小説「『フォークリフトプリキュア』─最終話〝実存〟─」2021/07/07
ぼく、マストン! 妖精だよ! 突然だけど、困っているんだ!
……そう、これは、ぼくと六人のふたなりの少女の、七夕の物語──。
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梅雨。正午。高校の購買部。
ぼくは窓から聴こえてくる雨音を浴びながら、売り物のサンドイッチ達の前で、考え込んでいた。
愈々、湿度が高く感ぜられた。
ぼくは、マストン。前述に違わず、妖精である。ぼくは、六人の少女を変身させる鍵なのだ。しかし、事態はそう、甘くはない。
升鍍(ますと)プトは高校一年生、陸上部で槍投げを鍛える日々。プロレタリア文学部も兼部している。身長171cm、体重71kg。趣味は加湿器の写真を撮影すること。自然と、夏場は無趣味となる。この子がキュアアクセルだ。
夂黶(ちえん)ミアも高校一年生、セパタクロー部の幽霊部員であるが、毎朝の新聞配達のアルバイトにより、ぬきんでた脚力を持つ。血の繋がっていない祖父と二人で暮らしている。身長171cm、体重71kg。 海が好きだが、生まれてこのかた、生活圏に海があった前例(ためし)が無い。この子がキュアブレーキだ。
識荼(しりた)ダスも高校一年生、生産管理部だ。最近、タロットに興味が出てきた。悪い子では無いのだが、極右。身長171cm、体重71kg。奇数の日はオールバック、偶数の日はポニーテールの、お洒落な子。ものごころついた時から蝉の抜殻を集めていたが、先月焼失し、今は保健室の隣の部屋で授業を受けている。この子がキュアクラッチだ。
櫺龝蠹(れすと)ウガも高校一年生、帰宅部で、英検準一級。実はキュアブレーキと生き別れの双子なのだが、その事実を知るのはキュアクラッチとキュアハンドルの祖父とぼくとキュアリーチのみである。身長171cm、体重71kg。 ニコニコ動画に顔出し動画を投稿するのが趣味だが、再生数はいつも一桁。自分で再生するので二桁に達するのだが、手首の傷がなかなか治らない。辛党。この子がキュアハンドルだ。
囮迹(があど)マヤも高校一年生、ボトルシップ部のキャプテン。特にこれといった特徴は無いが、入学したての頃は緊張して精神が不安定だったので、心霊系の怪文書を校内の各所にばらまき、生徒指導室で暫く授業を受けていた。身長171cm、体重71kg。ヒバカリという小さな蛇を飼い、年に一度、彼等を調理して食べている。その美貌から、中学時代には計五百通以上のラブレターを受け取った。トマトは食べられないがミニトマトは食べられる。トマトジュースは飲めるが好きではない。この子がキュアティルトだ。
植綸(うえいと)テカも高校一年生、茶道部。麦茶が好きである。身長171cm、体重71kg。左肩の脱臼が治り、よかった。この子がキュアリーチだ。
フォークリフトプリキュア!
この六人の少女は、プリキュア──そう、フォークリフトプリキュアに変身し、魔術の力を得て、地雷とエルボーで闘う。飛び道具や投げ技、脚部を用いた打撃技が無いのは不便であるが、致し方無い。技には個人差があり、時折、関節技を使用する者さえ出るが、いずれも誤差の範囲である。やはり全員、地雷とエルボーを戦闘の主に据えている。なかなかに、強(したた)かである。
ならば、何故ぼくは、冒頭、「突然だけど、困っているんだ!」なぞと綴ったのか──。
それは、下記の通りである。
まず、ぼくが青汁を100ml飲むことにより、完飲後三十分は、最大二人をプリキュアに変身させることが出来る。これについては全く問題無い。一度変身してしまえばたとえ三十分経過しても変身が解けることは無いし、そもそも青汁300ml(六人分)を飲むことなど、苦では無い。
尤も、青汁はそこまで好きでは無いが。
問題はここからである。
キュアアクセルとキュアブレーキは同時(一分以内)に変身することは出来ない。キュアブレーキとキュアクラッチが変身する四時間前から二時間前までの間に、キュアリーチは変身を一回でもしていなければならない(一瞬でも構わない)。キュアクラッチとキュアハンドルは半径30m以内だと変身出来ない(変身後に近づくのはOK)。温度が25℃を超えている場合に限り、キュアハンドルはキュアリーチを無条件で変身させることが出来る(ぼくが青汁を飲んでいなくてもOK)が、その場合、必ずキュアハンドルが変身後であり、キュアティルトが変身前でなければならない。キュアクラッチとキュアハンドルに限り、変身解除後、三十分は再度変身出来ない。キュアアクセルとキュアリーチは、大安の日と赤口の日は変身出来ない。キュアティルトは1/2の確率で変身に失敗する(青汁カウントが単に浪費される)。但し、キュアティルトは変身失敗後に初めて来る第二水曜日に限り、ぼくと同等の、変身効果を伴う青汁飲みが出来る。キュアアクセルとキュアティルトとキュアリーチは青汁が好きで、キュアブレーキとキュアハンドルは青汁が嫌いで、キュアクラッチは好きでも嫌いでも無いが、母が青汁の通信販売のコールセンターに勤めている。
長々と認(したた)めたものの、正直なところ、この六人の少女──便宜的に「フォークリフトプリキュア」と、ぼくとぼくの祖父とキュアティルトの祖父だけは呼んでいるが、他の人はと言うと、六人を含め誰もそんな風に呼称していない──は、連携技や合体技などは一切使わずに、個人技の地雷とエルボーで敵を排斥する為、さほど問題は無い。
爆発。肘鉄。勧善懲悪。
結構なことである。
あ、敵の紹介がまだだった。
敵は、史上最悪である。
社会。
敵は、この社会なのである。
明確に暴力をふるう悪の組織があるわけではない。
我々は、〝普通に卒業〟して、〝普通に就職〟して、〝普通に労働〟をしなければならないらしい。
どうしろというのだ。
どうしろと、いうのだ。
どうしろ、と、いうのだ。
気も、狂(ふ)れるわ。
ほ!
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梅雨。正午。高校の購買部。
ぼくの両手にはペーパーナイフ。遠巻きに六人の少女、警官隊。それより外側の円陣を作っているのは、教員達、野次馬の生徒達。
「そこの君! おじさん! 服を着ていないおじさん! あんただ! 手の刃物をそこに置きなさい! 両方だ! ゆっくり刃物を置いて両手を高く上げなさい! おい君! 聞いているのか! 公然わいせつ罪と建造物侵入罪に該当する! 落ち着いて両方を高く上げなさい! ゆっくり! こら! 逃げ……待て! おい! こら!」
鶴翼の陣を敷いていた複数人の岐阜県警がぼくを制圧するのに、二十秒とかからなかった。
複数人で土嚢を事務的に運ぶような雰囲気で、ぼくは、校外へと連れ出された。雨に濡れた手錠が冷たい。さて、署へ。
「ぼくも作者も含めて八人共、みんな、血液型はB型じゃないか! だから、処女膜の有無に拘らず、ぼくは、彼女達を、あ、ちょっ、痛い痛い痛い、暴れ……暴れませんから、ちょっ、この、あ痛、あたたたスンマセンスンマセン、ちょっ、離して、ごめんなさい、痛い痛い、スンマセン、はい、反省は……はい、反省してます、反省してます、はい、スンマセン、痛い痛い、ちょっ、」
ぼくの声が、虚しく、パトロールカーの膣内(なか)に谺(こだま)した。
巧詐は拙誠に如かず。拙詐は言えば更なり。そう、ぼくは、拙詐。禿頭から爪先まで、拙詐。拙詐。
七夕。
本質に先行する実存なぞ、碌なものではない。そんなことは、初めから分かっていた筈だ。ぼくはパトロールカーの中で、深呼吸をしながら、うんちをした。
〈了〉
非おむろ「『フォークリフトプリキュア』─最終話〝実存〟─」
(小説)2021/07/07
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