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小説「飛騨高山空飛ぶミルクプリン連続殺人事件」2021/08/31
山滴りて久し。
世。
夏。陳腐な程の快晴。不易の青空。併し乍ら、それにしても、強かな太陽光だ。照らす、照らす、照らす。山々の緑、緑、緑。
八月最後の日。茹だるような暑さが川縁の蝉等を嗾(けしか)ける。世間は相も変わらず、おたふく風邪の猖獗(しょうけつ)で、社会全体が学級閉鎖宛らの様(さま)だ。
四方山(よもやま)という言葉は〝様々〟やら〝雑多〟やらという意味だが、ここは、そのような変化球の意味ではなく、四方山だ。四方が、山なのだもの。
幾重にも重なる大小の山脈の合間を縫い、稲妻のような清流が南北を貫く。昼下がり。蝉の大合唱が閑かだ。己(おれ)はマスクをしたまま、ジャングルジムの上から、入学(はい)ってほぼ一年半となる、県豆運短大(けんとううんたんだい)のキャンパスを眺めている。
飛騨清見ICを降りてすぐに、県立豆腐運搬短期大学の飛騨高山キャンパスはある。このキャンパスは天文学科のみを擁する。キャンパスは丁度、北の飛騨市河合町(ひだしかわいちょう)、南の高山市清見町(たかやましきよみちょう)、その境界線。長年、両市がキャンパスの所在地を宣言し合って決着が着かずにいて、今は結局、〝岐阜県夏厩(なつまや)ミルクプリン州2525番地〟という暫定住所呼称が、市民権を得、殆ど公式化している。ここら一帯はカンブリア紀より夏厩という地名で、一羽の白鷺が疲れはてたアノマロカリスに一リットルの体積のミルクプリンを施したという伝説も残っている、ミルクプリンの名産地である。
扨、 我等が県豆運短大・飛騨高山キャンパスの全施設といえば、ド真ん中に枝垂れ桜があり、あとは野原に四つのジャングルジムという、簡素な造りだ。但し、野原と言っても、キャンパスのすぐ西に小鳥川(おどりがわ)が迸(ほとばし)っている為、西に近づけば近づく程、河川敷の様相を呈して来る。
しかし、あいつら、遅いぜ。──あいつら、というのは、ふりかけ扇風機研究会の皆だ。
かわちゃん先輩は二回目の二回生。銀縁眼鏡とポニーテールで、小柄で可愛い女性だ。高校時代は槍投げで全国的に名の知れた人物だったが、心が優れなくなってしまい、今は槍を投げていない。
山中。小学校が一緒だった、おてんば娘の同い歳の子。華奢な体つきだが、なかなか筋肉があるようで、夜中に穴を掘るのが趣味。
ニッシー。199cm、99kg。あまり本人には言わないようにしているが、絶世の美女。二回生。貧乳なのを気にしているが、彼女の美貌に勝る女性を、テレビジョンでもワールドワイドウェブでも、見たことが無い。あまりこういうことを書くのはどうかと思うが、彼女の巨(おお)きく、かつ、引き締まった尻は、幻獣にとっての月の如く、異性を狂わす。
本栖さん。巨乳で童顔、優しいツリ目だが、何と言っても人格が良い。こんな人と結婚したいと、刹那の内に思わせてくれる。一回生。
そして、己、ショージ!
ふりかけ扇風機研究会、と、言っても、ふりかけと扇風機の相性は一秒で分かる通り最悪なので、なかなか難しいのだ。
今日の議題は、まず、暴風時に適したふりかけの、
「ちょっと、おじさん!」
気がつくと、ジャングルジムは警官達に取り囲まれていた。
貧乏籤をひかされた、うんざりだ、と言ったような表情で、三十路ぐらいに見える精悍な警官が私に、きっぱりとした声で、語り始めた。
「おじさん、貴方ね、まず、かわちゃん先輩。」
「はい。」
と、私は答えた。
「いません。」
「えっ!?」
「そんで、山中。」
「はい。」
と、私は答えた。
「いません。」
「えっ!?」
「そんで、ニッシー。」
「はい。」
と、私は答えた。
「いません。」
「えっ!?」
「そんで、本栖さん。」
「はい。」
と、私は答えた。
「いません。」
「えっ!?」
「そもそも、貴方ね、五十一歳でしょ? 近所では有名ですよ。無職の進藤さん。確信犯──おっと失礼、故意犯、って言うのか……愉快犯、っていうのか……。それとも、責任能力が、その、無くて、白昼夢に完全に蝕まれ切って了(しま)った、中年独身男性なのか……。ま、遂に、巡り遭えたんだ、僕達。観念してよね。話は、署で。今まで、警官のいないところで、散々、野良射精三昧だったんだってね。しかしまあ、よく手作りで、ジャングルジムを各地に造ったねえ、孤独なおじさん。ささ、降りてきて。マスクをしているのは、偉いね。しかし、マスクと長靴以外は全裸というのは、どうかと思うよ。せめて、その、……、まあ、いいや。兎に角、さ、いいから、降りてきてよ。署で、話を──あっ、こら、熱っ、かけるな、こら、やめんか、」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
己(おれ)は射精(ツイッター)をしていた。
「そうだった! ぼく、若者じゃなくて、おじさんだった! ハーレムも、無かった! みんな殺された! お前の、正論(いいね)に、みんな、みんな殺された! うわああああああああ!」
愈々苛烈に、ミルクプリンが飛ぶよ! 飛ぶよ! 飛ぶよ!
気がつくと、警官隊は皆、銃を構えていた。──併し、意外(フリート)や意外(フリート)、ぼくを撃とうとして一致団結しているんじゃなくて、飛騨警察署と高山警察署の、どちらがぼくを逮捕(リスイン)するかの、競争(スペース)のようで、南北に分かれた集団が、銃口を互いに向け合って緊迫している。
ぼくは、叫んだ。
「本日最後のミルクプリンが、今、着地しようとしていることだなあ!」
射(しゃ)!
──そして、位置エネルギー。
銃声!!!!!!!!!!
気がつくと、ぼくに語りかけて最終的に顔射を体験した警官が──ぼくの放ったラストミルクプリンが美(は)しき抛物線を描いて地上一米(メートル)に至った際、〝それ〟を、撃ち抜いていた。
精射して撃ちての夏の果さらば学舎人生うんち
シラゲヨネ ウチテウチテノ ナツノハテ サラバマナビヤ ジンセイウンチ
警官隊は南北に分かれ、〝果たして〟銃撃戦をおッ始めた。五十一歳のぼくはというと、全てが終わったおちんちんと共に、ジャングルジムの上から、夏を見ていた。
始まることなく、夏は、終わった。
飛ぶ世。
〈了〉
非おむろ「飛騨高山空飛ぶミルクプリン連続殺人事件」
(小説)2021/08/31 始21:43~終22:42
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