シーナの夢 2
3
──シーナは夢を見たことがあるかな?
──夢とはなんですか?
──人間はね、寝ている間に夢を見ることがあるんだ。それは意図的に発生するものでなくて、偶然に起こるもので面白いものなんだ。荒唐無稽なものから現実的なものまでさまざま。それを潜在的な意識だという人も居れば、占い、未来などオカルトめいた方向に繋げる人も居る。不思議なものだが私は潜在意識だと思うね。シーナのようなアンドロイドは電源を落とすだけだから何にも見ないかもしれないな。けれど本当にその時間は無なんだろうか。生きていないと言えるのだろうか。
──テレビの電源が付いていないようにそこには何もないと思います。
──そうか、そうか。けれどテレビとシーナとでは全然違ってくるだろう?
──確かにそうですね。では幸崎さんの夢の話を聞かせてください。
──私の夢、私の夢か。
──それが私の夢になるような気がします。
──そうだな、また今度話そうか。
シーナは掃除をしながら前に幸崎とこんなやり取りをした事を思い出した。いつの事かは思い出せない。あれから夢の話をした事はないし、幸崎の態度がキツくなってから難しくなった。もちろんであるがシーナ自身夢の話を聞いてもそれを見ることはなかった。夜間は充電中なのだから当たり前といえば当たり前。だが他に話す相手はいない。買い出しや幸崎を病院に連れて行くくらい。必要最低限の行動。そもそも介護用アンドロイドに娯楽など必要ないし、食事なども摂る必要はない。日記帳は幸崎から貰って毎日書いている。
掃除が終わってやることががなくなるとシーナは1人ぼんやりとする。
ぼんやりして十分ほど経ったであろうか。ピンポーン。来訪者である。めったにない事なので急いで立ち上がり玄関に向かう。その拍子に躓いてしまった。
──いたたたた。
──そんなに急がなくても大丈夫だよ。
その声には聞き覚えがあった、幸崎の息子の浩のものである。シーナは起き上がり玄関の鍵を開ける。
──久しぶり。シーナさん。
──はい。
──すこしお邪魔するね。父さんは書斎かい?
シーナは頷いた。浩はそのまま書斎へと行った。たまにふらっと幸崎の家に来るこの息子の事についてシーナはよく知らなかった。というのも幸崎が息子の話をしないからだ。歳は40程。年齢の割にはいつまでも若々しく、爽やかである。顔こそ幸崎とよく似ているが性格は正反対。どんな仕事をしているのかや、身の回りのことなどはわからない。それに浩との会話も先ほどのようなものばかりであった。シーナは手持ち無沙汰になって書斎の扉をしばらく眺め続けていた。声は漏れてこない。どんな話をしているのか、あれこれ考えようとしたが材料が足りなかった。そもそもアンドロイドであるシーナは家族というものについての言葉は知ってはいるが、その言葉の内包する複雑さについては知る由もなかった。
30分ほど過ぎて浩は出てきた。彼の表情に一瞬陰りのようなものが映った。だがシーナを認識すると笑顔を取り繕った。
──シーナさん、今空いているかな?喫茶店にでも行こうよ。
思いがけない提案だった。
──ちょっとだけなら大丈夫ですが、幸崎さんの許可が…。
──それなら大丈夫。もう許可は貰っているよ。
浩に連れられてきたのは近所にある喫茶店。食事の必要のないシーナは入ったことがない。
──よかったらどうぞ。
浩はメニューをシーナに渡した。
──その、食事はしないので…。
──そうだったんだ。僕はアンドロイドにあまり接したことがあまりなくてね。つい人間そっくりなものだったから。失礼なことをしてしまった。
──いえ…。
浩はコーヒー2杯を注文した。コーヒーが届くまで浩は何も話さなかった。コーヒーがそれぞれに配置される。白いカップに浮かんだ真っ黒な液体。
──その、いつもありがとう。
──え…?
──父さんを世話してくれて。ずいぶん助かっているよ。
──それが私の役目なので。
──そうかもしれないけれども。父さんもずいぶん変わっただろう?
──少しだけです。それに人の性格は変わったりするものだと聞いていますから。
──それは表面的にはそうかもしれない。怒りっぽくなったり、やたら悲観的になるような人もいる。けれど本当の部分は変わらないものだよ。
──そうなんですね。
シーナはコーヒーを口元に近づける。だがそれを飲むことはない。出来立てのコーヒーらしく泡がたっていた。その泡の一つ一つに彼女の姿が映る。
浩は戸惑ったように重たい口を開く。
──その、しばらく父さんの家に行くことはないかもしれない。シーナさんにもしばらく会えないかもしれない。
──そうですか。
シーナの何とも思っていないよいうな口ぶりに浩は苦笑いをする。シーナのコーヒーはたっぷり注がれたまま。それに対して浩のコーヒーはもうなかった。
──その、癌なんだ。あくせくと働いていて全然気がつかなかったんだけれども、ふとCMをみて検査に行ったらもう結構進んでいて。しばらく入院の必要があるみたいでね。下手をすれば死んでしまうみたいでね。こうシーナさんとはそれまで話す機会もなかったから一応伝えておこうと思ってね。
──…。
──僕の話はどうでもいいかもしれないし、別にどうという話ではないんだ。ただ万が一の時は父さんの事を頼んでおきたくてね。父さんはあんな性格だから頼れる人が居なくてね。友人もいないし近所づきあいもない。家族の僕が居なくなったら頼れるのはシーナさんだけなんだ。だからよろしく頼むよ。
──はい、もちろんそのつもりです。
──頼もしいよ。みんながみんなシーナさんのようなひとだったらもっと世の中はよくなるだろうね。
シーナにはその意味はよくわからなかった。
──それじゃ、そろそろ失礼しようかな。
浩が伝票をとって会計しようとした。
──1つだけ聞いてもいいですか?
──いい返事ができるかどうかわからないけど、どうぞ。
──浩さんは夢を見たことがありますか?
──夢?それはまた突拍子もないね。
浩が彼女の目をふと見ると真剣そのものであった。そうして返答は真面目にしなくてはいけないと思った。
──夢か。夢なら誰しも見ると思う。僕もまた例外じゃない。
──では最近どんな夢をみましたか?
さっきまで浩の話を関心なさそうに聞いていた彼女とは違い好奇心に満ち溢れている。
──最近の夢か。最近はろくな夢を見ないんだ。父さんが病室のベッドに横たわって何かぼそぼそと呟いていて…。夢というのは曖昧でね、その詳細を語れと言われても難しいものだね。だが耳もとに行こう行こうとしても全く近づけずに、僕は何故か病院を後にしてしまう。その帰り道というのも身に覚えのない道なんだけれど、どこかに寄り道をしようとしたら救急車が何台も通り過ぎて気味が悪かったんだ。不安になった僕は導かれるようにして喫茶店に入ってコーヒーを頼んで、それから、それからどうしたんだっけ。誰かと話したのは覚えているんだけど誰だったか。何を話したかまでは覚えていない。けどとても大事な話をしたような気がするんだ。どうでもいい話を覚えていて大事な事を忘れてしまうのはよくあることかもしれないね。そして家に帰らなきゃと思って…それで目が覚めたね。夢なんてどうにもこうにも掴みどころのない話さ。
一通り話したところで浩は大きく息を吸ってはいた。
──ありがとうございます。
──どうも。ところでどうして夢の話なんかを?
──以前幸崎さんと夢の話をしたことがあって、私にどんな夢を見るか尋ねられたのです。けどそれ以降その話をすることが無くなって…。あと、1つ質問いいですか?本当にこれで最後なので。
──なんでも歓迎するよ。
──浩さんは死ぬのが怖いですか?
──そりゃもちろんさ。
浩と別れてシーナは幸崎の家に戻った。そして夕食の準備を済ませて書斎に持っていくと珍しく幸崎が話しかけてきた。
──浩とどんな話をしたんだ?
──話してもいい事なんでしょうか?
──おそらく見当はついているからな。
シーナは浩が入院することなど話した。
──それだけか?
──いえ、恥ずかしいのですが夢の話をすこしだけ。
──夢の話?
幸崎は大きく目を見開き、シーナを見つめた。久しぶりに幸崎の力強い眼差しをみてシーナは驚いた。
──生きていること自体が夢みたいなもんだ。
と幸崎は独り呟いた。
〇月〇日
夢、夢、夢、夢、夢…。
辞書に書いてある通り、浩さんの夢は滅茶苦茶で本人も困惑ぎみ。
私にはよくわからない。幸崎さんと浩さんは仲がいいのかな?
幸崎さんはあの話覚えているのかな?
忘れているのかな?
けど聞いちゃいけない気もする…。
浩さんとはそもそもあんまり合わないけど、幸崎さんの事を頼まれたからしっかりしなきゃ。もう会えないのかな?わからない事ばっかり!
あとがき
後日訂正するかもしれないがとりあえずこれで投稿してみる。それなりに勢いというのも大事である。
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