『日本語とハングル』「はじめに」野間秀樹著.文春新書
*この文章は,文藝春秋刊行,文春新書の973,野間秀樹著(2014)『日本語とハングル』の「はじめに」の部分です.試し読みにどうぞ.
なお,原著は縦組みです。横組みのこのnoteでは読みやすくするために、原文のゴシック体表示を一部変更しております.また,見やすいように,1行空けたところがあります.原著のふりがなは( )にしています。
*電子書籍版もあります。
https://www.amazon.co.jp/dp/B00LPBTLO4
はじめに
『日本語とハングル』へようこそ。
題名をごらんになって、おや、とお思いになったかもしれません。
「ハングル」が文字の名称であって、「日本語」が言語の名称だということをご存知の方なら、〈言語と文字〉が並んでいて、それも日本語という言語の名称を、他の言語で用いられる文字の名称と並列させてあることに、困惑なさったことでしょう。
「ハングル」も「日本語」と同じく言語の名称だと誤解なさった方、あるいはここでは言語の名称として用いていると判断なさった方は、「日本語と韓国語」や「日本語と朝鮮語」のように、二つの言語を比較対照することを想起なさったことでしょう。
実は、本書では〈ハングルという文字から日本語という言語を照らす〉ということを、行います。ですから本書は謂わば〈ハングルから日本語〉というベクトルで書かれているのです。
文字から照らすなら、平仮名(ひらがな)とか片仮名(かたかな)とか漢字など、日本語で用いられている文字から日本語を照らすのが筋ではないか? そうです、それは私たちが意識しているかどうかは別にして、普段から多かれ少なかれ、皆で行っていることです。そうした問いの立て方で日本語を語る本は、『仮名から日本語』などという題名になっていなくても――あると面白そうですが――、たくさんあります。日本語の世界に存在する、文字と言語を論じるわけですから、そうした本は当然たくさん書かれます。そういう本には、名著と言われるものも含め、素晴らしい本も少なくありません。
では本書は? ハングルという文字を根拠地に据えて、そこから日本語という言語を照らすのです。つまり他の言語で用いられているハングルという文字を立脚点にして、日本語を逆照射することになります。他から自らを照らす。このとき、直接、言語から言語を照らすのではなく、文字から言語を照らす、言語から文字を照らす、という具合に、言語と文字という異なった平面をワープしながら進み行くのです。
つまりハングルという文字を見ながら、韓国語=朝鮮語という言語も見て、かなや漢字といった文字も見ながら、日本語という言語のありようを見ることになります。当然なのですが、ローマ字やそのほかの文字にも眼を遣(や)ることになりますし、英語や中国語など、日本語と韓国語以外の言語にも、言及することがあります。
本書をお読みいただくのに、ハングルや韓国語についての予備知識は全く必要ありません。学校で習った国語や英語の知識は――うろ覚えを前提に進めることにしましょう。
さて、何のためにハングルから日本語を見るのか? 答えは鮮明です。面白い、これは圧倒的に面白いからです。日本語の世界のうちで日本語を見るだけでは、はっきり見えてこなかったことが、ハングルから照らすと、色々見えてきます。他から自らを照らす。おぼろげだったことが、くっきりと浮かび上がる、これは知的な歓び以外の何ものでもありません。場合によっては、ほとんど意識もしていなかったことに、出会うことになるでしょう。ここまで来ると、知的興奮、知的快楽と言ってもよい体験です。
稀にしか触れない対象ではなく、私たちが日々そのただ中で生きている、他ならぬ日本語についての知的な歓びを味わう。のみならず、ハングルや韓国語についても様々な知的面白さを味わっている。気がついたら、言語や文字を考える、とても巨(おお)きな知的時空間に遊んでいる。
これはもう、早速、本書を読み進めていただくしかありません。
*小説家の池澤夏樹先生が、2014年6月8日『毎日新聞』朝刊書評欄で「言葉使い生き生き 得心いく言語論」というタイトルで『日本語とハングル』の書評をお書きくださっています。そこではこんなことばで紹介してくださいました:
「日本語についての、言語一般についてのこの無類におもしろい本」
----『日本語とハングル』目次----
はじめに
第1章 ハングルから照らすアングル
――いい按配の構図
1-1 文字か、言語か?
1-2 言語と国と民族と
第2章 ハングルから日本語の音(おん)と文字を照らす
――文字のガラパゴス列島を行く
2-1 驚異! 文字のガラパゴス列島
2-2 音から文字へ――仮名、ローマ字、漢字
2-3 ハングルは仮名みたいなものじゃない――我が身を顕(あら)わに
2-4 仮名と訓読み――極限用法への道
第3章 ハングルから日本語の語彙を照らす
――単語の饗宴・単語の迷宮
3-1 語彙のレイヤー ――やまとことばアマルガム
3-2 固有名詞の魔窟――何でそう書くの
第4章 ハングルから日本語の文法を照らす
――西欧語文法よ、さようなら
4-1 語順を制する者が、文を制する――文の相似形
4-2 助詞が微笑む――てにをはの落としどころ
4-3 主語はお入(い)り用(よう)ですか
4-4 猫である。――同定詞の〈である〉ファミリー
4-5 日本語形態論をハングルで解剖する
第5章 ハングルから日本語の〈書かれたことば〉を照らす
――文体万華
5-1 〈話されたことば〉と〈書かれたことば〉――全然違う!
5-2 韓国語の〈書かれたことば〉
5-3 日本語の〈書かれたことば〉の質感(テクスチュア)――見るほどに
第6章 ハングルから日本語の〈話されたことば〉を照らす
――えっ、私、こう話してた?
6-1 〈話されたことば〉はマルチトラックだ――ね、聴いてるの?
6-2 誰も見たことのない〈話されたことば〉を覗く
おわりに――始めるために
ハングルの字母表
野間秀樹(2014)『日本語とハングル』文藝春秋:
https://www.amazon.co.jp/dp/B00LPBTLO4
ISBN 978-4166609734
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