旅に出るとストンと腑に落ちてくる
1人旅に出た
早々にリタイア希望する
週末に参加したいイベントがあったので行ってきた。
初めての一人旅。
台風の中、北海道の田舎からほんの一時間半程度の空の旅で大都会へと足を踏み入れた。
しょっぱなから人人人人人人人人の暴力に圧倒される。
さすが大都会TOKYO。
人の波に押され流されヨロヨロしながらホテルにたどり着いた時には心底「家に帰りたい……」と思った。
やっていけるかな。
勢いだけで来ちゃったけど、大丈夫かな、と悩みつつも疲れたのですぐに眠りにつく。
心配ご無用
翌朝もやっぱりドキドキする。
無謀なことをしちゃったなあと少々の後悔と。だけどここまで来たから腹をくくれと顔をあげた。
結局参加したかったイベントはすっごく楽しくて幸せで満たされた気持ちでいっぱいになった。
来てよかった!!
ほらねー心配してることの9割以上は起こらないし、そもそもどうにでもできるんだから。結果オーライならそれでいいの。
そんなことをしみじみ思いながら再び力尽きるように眠った。
へ~わたし結構なんでもできるかもね
翌朝は「台風なんてありましたかな?」というような青空。
本当なら海に行って憧れのサーファーを眺める予定だったけど、年の功ですかね、無理はしないで次回の楽しみへと持ち越した。
今回の楽しみの一つである、創作友達に会うために再び電車に揺れて運ばれていく。
車窓の景色は北海道とはまるで違う。
建物一つとっても「ああ、本州だな」って感じ。
ビュンビュン過ぎていく風景の中に自分がいることが不思議な感じ。
絶対無理だと思っていた一人旅ができている。
全く知らない場所で知らない乗り物に揺られて、本やテレビでしか見たことのない場所へと向かっている。
なんていうか、無敵な気分。
やろうと思ったらなんだってできちゃうんじゃないの、うおー! って気持ちをスンとした顔の下に隠している。
あ、そっか。そういうことか。
Webで知り合った作家友達とは直接会うのはこれで二回目なのに、会った瞬間から普通に話せるのが面白い。
ネット上であれこれわかっているし、その延長で話せてずっと昔からの友達みたい。
お互いの小説も読みあっているから隠すことも何もない。
互いに創作に関する悩みとか、どうしてる、とか話していたらすごく心強くなった。
普段はPCの前で一人で向き合っているけどその向こうにはこうやっていろんな人がいてくれるんだ。
どうしよう、って言えば相談に乗ってくれる人がいる。
顔の見えないネットがリアルに繋がった時の安心感ってあるんだよね。
そこでふいに彼女が言った言葉がわたしの胸にふわりと降りてきた。
わたしたち、もう、一つ前の人たちになったんだね
それは流行りについて話していた時のことだった。
最近の創作界隈は異世界だとか伯爵令嬢だとかざまあだとかよくわからん言葉で埋め尽くされている。
好きな人は好きなんだろう。
だって流行ってるんだから。
ただわたしには何が面白いのかわからないし、書こうとも思わないし、正直いい大人が本気でそれを読んでいるの? と余計なことまで考えてしまう。
タイトルが長い問題もある。
もちろんどういう話なのか分かったほうが楽だって言うのもわかる。
でも小説ってタイトル大事じゃないの……という古臭い考えが捨てきれない。
そんなことを話していたら彼女が「いいんだよ」って笑った。
「商業作家でもないし、書きたいものを好きなように書いて、タイトルだって別に素敵と思うものをつければいいじゃない」
そして続いたのだ。
「前はもっと前線で遊んでいたけど、いつの間にかひとつまえの時代の人たちになったんだね」って。
そっか、そういうことか。
もう前線で盛り上がっているひとたちじゃなくなったんだ。
この先は若い人たちに譲って、わたしたちは好きに遊ぶご隠居になればいいんだ。
そう思った瞬間、自分の中でモヤモヤしていたものが吹っ切れて、ああここでも自由になったんだなって思った。
もちろん誰に規制されていたわけでも、プロでもないから何言ってんだって話なんだけど気分的にね。
変に縛り付けていたものがあったんだな。
年を重ねるって自由になること
気がつけばもう若くなくて、自分の子供たちが世界に羽ばたいていくのを見送る側になっていた。
イメージの中の自分はもっと若かったけど、それは幻想。
引退してもいい年になっていたんだ。
だけどそれは軽やかな羽を与えてくれた。
もういいんだ。
好きなようにしても、自由なんだ。
一人旅はドキドキの連続だけど、ひとりだからこそいつもより柔らかく受け止められる器ができる。
いいな、旅。
ものすごく軽やかに何でもできる気分になりながら家へと帰る。
また普通の日常がやってくる。
だけど多分、旅の前の私とは違う人になっている。