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「本と活字館」と「印刷博物館」

大手印刷所がある市ヶ谷/飯田橋近辺には、2つの印刷系ミュージアムがあります。大日本印刷の「本と活字館」活版印刷に焦点をあて、凸版印刷の「印刷博物館」印刷全般を幅広く取り扱っています。
活版印刷全盛期の雰囲気を建物ごと味わいたければ本と活字館印刷について全体的に勉強したいときは印刷博物館がおすすめです。それぞれ魅力もベクトルも違うミュージアムなので、方向性がわかりやすいようにひとつの記事にまとめました。
はしごできなくもない距離ですが、このあたり高低差が大きいので、炎天下に坂道を歩くのはちょっと危険かも…という感じはします。


市谷の杜 本と活字館

本と活字館は、JR市ヶ谷駅から神楽坂方向へ坂を登ったところにあります。当時は山の上の印刷所さん、という感じだったんじゃないかなあ(今もそうだけど)と思うくらい、坂が急です。市ヶ谷が「谷」であり、神楽坂が「坂」なのを実感しました。
坂を登っていくと、レトロな感じのこの建物が見えるので、バイトに行くジョバンニ気分を味わえます。

大日本印刷の敷地内にあって、左側にDNPのでかいビルが建ってます。かつて印刷所のオフィスだった建物で、社章や看板なども写真を参考に復元したものだそうです。手がかかっています。

本と活字館は、大日本印刷が運営するミュージアムです。活版印刷に焦点を当てていて、活字や印刷機などが展示されています。これらは実際に使えるように整備されていて、たまにワークショップなども開催されるようです。
まんまるさんたちがよくここの2階でワークショップされているのと、もともと建物に興味があって、行ってみたいと思っていたんですよね。

1階は活版印刷関係の展示

1階全体が、かつての印刷所を再現した展示になっています。
流れはだいたい、

  1. 文字の原図を描く

  2. 活字の母型を彫る(@ベントン母型彫刻機)

  3. 活字を鋳造する(@万年自動活字鋳造機)

  4. 活字を拾う

  5. 印刷する(@平台印刷機)

  6. 製本する(@糸かがり機)

という感じで、工程に必要なものがぜんぶ揃っています。現在は1から4までの工程が、PCとフォントと組版ソフトでできてしまいます。
便利な技術が開発されると、それまでの作業がそれに置き換えられていく、という流れは止めようがないものですが、以前の作業を知ることで、現在の技術のありがたみも感じられます(フリーズしても、あの頃に比べたら楽だな…と前向きになれます…)。

版が平らな平台印刷機。錆だらけだったのを、ちゃんと動くように解体・整備されています。版の平ら/丸いも大きな違い。
本文より小さいルビ文字。小さすぎて、文字以前に向きを間違えそうです。InDesignのルビ振りめんどくさいなと思っていたけど、これに比べたら随分楽になったんだなあと思います。
図版(製版したもの)などが出版社別におさめられているロッカーです。「新潮社」とか「主婦の友社」などのラベルが貼られています。現場感あります。朝ドラに出てくる印刷所っぽいです。
どこを見ても活字だらけです。
左側は組み上げた版から特殊な紙で型をとったもので、右はそういう紙型に鉛を流し込んで版をつくったもの。熱々の鉛なんかに触れたら紙、燃えない?と不思議ですが、鉛の融点が紙の発火点より低いのでなんとかなるのかなあ。この特殊な紙、今ではもうないそうです。紙を使うと丸められるというメリットがあります(円柱型の版になるので輪転機にセットできる)。丸めた紙で型を取った版は、後半の印刷博物館で見ることができます。
万年自動活字鋳造機。鉛を溶かして活字をつくる機械(の一部)です。浮き彫りとかプレートとかあると撮りたくなる習性なので。2003年まで現役だったらしい。このあいだ「印刷のいろはフェスタ」で、今現在、通いで活字鋳造を習っているというレアな方にお会いしました。今ならIllustratorでデザインして製版するという手もあるのにそこまで…って思うところなんですが、やはり本来の鋳造機でつくってこそ、なのだそうです。

建物は元・印刷所のオフィス

ミュージアムの建物自体が歴史的建造物なので、展示以外にも見どころがたくさんです(わたしはどちらかというとこちらが目当てでした)。

階数やトイレなどのプレートが、全部活版でかわいいです。
天井のレリーフや腰壁、床のタイルなどは、修復工事のときに発見されたそうです。剥がしてみたら見つかった、みたいな、修復あるあるです。なにせ1926年の竣工から2016年まで(90年間)現役の建物だったので、実際に使われている間に必要に応じていろいろ改装されて、覆い隠されていたみたいです。
竣工当時(1926年)と、2016年時点の写真を見比べてみると、玄関の庇などがとっぱらわれて、3階部分が増築されていたんじゃないかなと。

配布されているパンフレットを読むと、建物の沿革がわかります。いまどきは壊す方が楽だろうに、曳家で移動までして、この建物を残してくれてありがたいです。このほかにも、リソグラフ印刷の館内案内など、紙ものが充実していますので、フリーペーパーのラックをのぞいてみてください。

表紙を裏から見ると凹みがあるので、表紙と表2/3はおそらくここで印刷されていると思われます。本文はたぶんフルカラーオフセット。

2階では企画展やワークショップなど

2階はおもに企画展とワークショップのスペースになっています。活版印刷のテキンのほか、リソグラフ機やレーザーカッターなどもあります。

活字だけで構成する名刺も渋くてかっこいいです。作家さんにおすすめ。昭和期は「名刺をつくる」というと、活字を並べて組んでもらう、あたりのことを指していたと思います。今だとIllustratorなどでデザインしてフルカラー名刺をつくる、みたいな意味になりますが。
このときの企画展は「活字の種を作った人々」。活字の原型となる「種字」にスポットを当てた展示でした。写真は木に彫られた貴重な種字です。種字は用が済むと廃棄されるので、あまり残っていないそうです。
企画展示スペース。

日本の活字の歴史は、展示の企画者さんが書かれているこのコラムが詳しいので、興味あるかたは読んでみてください。ボリュームあるのでわたしもまだ読破できていません(読破してから行こうと思ってたんですが、無理そうだったので先に見に行きました)。

売店では印刷関係の本やグッズが売ってます。ツイートすると必ずバズってる級数表などもあります。わたしが持っているのは鴎来堂さんのですが、ここで販売されている印刷学会出版部の編集アシストセットにも入っています。

わたしはリソグラフバッジを買いました。ドラムの色はほかにもバリエーションあります。


印刷博物館

印刷博物館は、凸版印刷が運営しているミュージアムです。凸版印刷の敷地内というか、一体化してます。
印刷博物館では、印刷の歴史と技術をテーマに、幅広い展示を見ることができます。丹念に見ていくと、本1冊読み終えたような知識が得られます。

エントランスの印刷史ダイジェスト

このミュージアムは、エントランス(プロローグ)と展示室の2部構成になっています。エントランス部分はレプリカ(一部本物かもしれない)で、本体が展示室にある感じです。
写真はガラスの反射がないエントランスのほうが撮りやすいので、あとでこっちに戻ってきて写真撮ったりしてました。撮影不可のマークが出ていない展示は撮り放題です。

古代から現代に至るまでの流れが視覚化されています。展示室の解説をひととおり見てから来てみると意味がわかります。
印刷された年代が明確な世界最古の印刷物は日本製の「百万塔陀羅尼」。教科書に必ずのってるあれ。
駿河版銅活字(たぶん)。徳川家康が静岡の駿府城に隠居してから、林羅山らを監督者として朝鮮伝来の銅活字にならって新鋳した銅活字。展示室に家康VS秀頼の印刷戦争の歴史などもありました。秀頼、思ってたよりデキる為政者だったぽいですね。売店で駿河版活字の角砂糖(おみやげ)売ってます。
壁の下の方に、印刷シーンをフィギュア化した展示があります。最初は洞穴で壁画描くところから。これはたぶん産業革命の頃の印刷機。人間のサイズから考えてでかい。

これっぽいです。

消しゴムはんこを思い出す。
筆書きに見えるこれも活版印刷。
続け字のところはそういう活字をつくっています。リガチャ(合字)みたいな感じ。日本の活字、よく1文字を正方形に詰め込もう、というところに落ち着いたなと。
昭和初期の小学校の教科書です。現物見ると多色刷りがほんとにきれいで、フルカラーより表現力高いです。浮世絵のノウハウが引き継がれている感じがします。
紙を二つ折りにして綴じているから、小口のところで文字が半分に折れているのいいなと思ってるんですが、DTPでやろうとすると現場にご迷惑をおかけしそうで(文字切れを心配されて)。

常設展の間

図鑑の中に入り込んだような展示です。
『ルターのドイツ語訳聖書』。厚い。重そう。歴史の教科書に出てくるアイテムも、サイズ感あるとまた印象が変わります。
『チョーサー著作集』。ウィリアム・モリスの印刷所から刊行された本(ケルムスコット・プレス刊本)だそうです。
東京オリンピックのポスターも。日の丸と五輪、けっこうぎりぎり近接配置ですね。五輪が雲に見えると、家紋の「月に雲」っぽくもある。
丸鉛版。活字を組んだ版から型取りした紙を丸めて、鉛を流し込んでつくられた版です。紙だと丸められる→輪転機にかけられる、あと軽い(ので送れる)というメリットがあるのはわかるけれど、鉛に触れるのに紙をチョイスしたのは奇跡に思える。
アンカット本。下を切り開いて読むので、積読がバレます。当時、切る用と保存用で2冊買ったひともいそうだし、読書時間を凝りたい人向けにおしゃれなペーパーナイフも売られていただろうなと思います。
スクリプト体は斜めに切れていることを知る。組み上げた活字は、糸で縛って固定しています。まんまるさんによると、この、組んで糸で縛った状態の活字を販売することもやってるそうなので、活字が欲しい方は聞いてみてください。字数の少ない短歌とか向いていると思います。

いろいろな印刷技術

版画からオフセット印刷まで、いろいろな印刷技術をまとめて見ることができます。「原稿」「版」「インキ」「紙などの媒体」「印刷機」の5つが揃えば印刷が成立するそうです。活版印刷や石版印刷、銅版印刷などのほか、プリントゴッコやガリ版なども展示されています。

国会図書館のアーカイブで大正時代の印刷物を見ても、今とあまり変わらないので、どうなってるんだろうと思ってたんですよね。1895(明治28)年の段階で、網点化した写真が使われています。1900年になる前に、印刷物に写真を使えたってすごいな。なんとなくまだデューラーみたいな銅版画だと思っていた。一方で、横組みを現代のように左から右へ読むのが定着したのはだいぶあとになってからで、戦後まもなくだそうです。
網点になるのは、こういうメッシュを通して製版していたから、というのがよくわかる展示です。
百科事典の、印刷の項です。とにかく図がかわいい。
いまだによくわからないのが石版印刷。たしかにこれは版が重いし丸められないですね…。朝ドラ『らんまん』によく出てきた印刷技術だと思います。
現在主流の、オフセット印刷の版も展示されています。
このあたりは、数値を同じ刻みで変化させた色相環を思い浮かべてみるとわかりやすいです。
入口付近にある、印刷博物館ニュースの内容が充実しています。

この印刷博物館ニュースの最近のものは、PDFで読めます。本にしたらいいのに…っていうクオリティなので、興味のあるかたはぜひ。



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